人助け

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行きの新幹線では、肉まんテロを敢行したわたしだったが、帰りはさすがに肉まんはもうない。それどころか、名古屋名物のひつまぶしと小エビのかき揚げ丼を食べたので満腹である。

とりあえず、おやつとしてイチゴチョコとペカンナッツチョコ、そして常備薬のコーヒーを手に東京へ向かう新幹線へと乗り込んだ。

 

(往路は肉まんの匂いで大変なことになったが、復路はその心配もない)

 

食べもののニオイというのは、空腹時には飯テロになるし、満腹時には不快な思いをさせることとなる。みんながみんな同じ腹具合ならばいいのだが、そんなはずもない。加えて「好き嫌い」というものがあるため、腹が減っていようがいまいが気分が悪くなるニオイもあるのだ。

たとえばわたしならば、シュウマイの匂いはノーサンキューである。決してシュウマイ嫌いというわけではないのだが、あえてシュウマイを食べることはない。不思議なもので、餃子は大好物であるにもかかわらず、似たような内容物と形状のシュウマイはダメなのだ。

 

まぁそんなこんなで「ニオイ」の心配をせずに、相変わらず乗客でいっぱいの新幹線に揺られながら、わたしは心の底からこう思った。

(あぁ、先生よ。本当にありがとう——)

 

 

新幹線の改札を通る直前に、わたしは自分自身の汗臭さに驚いた。いや、驚きを通り越して辟易とした。たしかに、数時間前にわたしは汗だくになった。そしてその後、仲間とひつまぶしを食べた。

こうして時間が経過するとともに、わたしのカラダは異臭を発するようになっていったのだ。異臭というより、もはや悪臭である。

 

花王株式会社によると、汗というのは出たばかりは無臭らしい。その後、汗が皮膚の表面でアカや皮脂などと交じり合い、それらを細菌が分解することでニオイ物質が発生する。・・これこそが臭いニオイの原因なのだそう。

正確には、皮膚の表面のアカや皮脂などが分解されたニオイが、インナーウエアにの繊維に付着し、まるで悪臭増幅器の役割を果たしているかのようにニオイを広めているのだ。

 

このまま乗車率百パーセントの新幹線になど乗れば、それは肉まんのニオイとは比較できないほどの大惨事となるのは間違いない。

なんせ、肉まんは痩せても枯れても食べ物である。たとえこれがシュウマイのニオイだったとしても同じだ。どんなに好きではない食べ物だとしても、食べ物である以上は不快の限度も高が知れている。

ところが、このわたしから発せられるニオイは、当然ながら食べ物のソレではない。ニオイチェッカーなるものがあれば、完全に「クサイ」という判定になるであろう、ネガティブで最悪な臭さなのだ。

 

これにはさすがのわたしも座席に座り続けることはできない。誤解を恐れずにいうと、新幹線にホームレスが一人乗車しているのと同じだからだ。

カラダから溢れ出る異臭とも悪臭ともとれる悍(おぞ)ましいニオイは、車両一つくらい簡単に乗っ取ることができるだろう。

 

もしも車掌から下車命令が出たらどうしよう——。いや、名古屋の次は新横浜だから、そこまで行けば下車もクソもない。となると、トイレへ監禁されるかもしれない——。だが数に限りのあるトイレを、わざわざそのために潰すだろうか。・・わかったぞ!喫煙ルームだ。あそこならばそもそもクサいのだから、そこへ腐敗臭を漂わせるわたしが佇んでいたところで、大した影響はないからだ。

 

とにかく、そうでもしなければ同じ車両の乗客らは体調不良を訴えて、新幹線が緊急停止を余儀なくされる可能性すらある。あぁ、こんなことなら肉まんでニオイを中和させればよかった——。

 

「クサいんですね」

 

そう呟きながら、先生は自身のバッグから缶コーヒーほどの容器を取り出した。そしてわたしに向かって、まるで虫よけスプレーを噴霧するかのように、頭のてっぺんから腰あたりまでシューーーーッと吹き付けた。

(アックスだ・・・)

AXE(アックス)ボディスプレーは、男性用の消臭フレグランスだ。それを、正に虫よけスプレーばりにたっぷりと吹き付けてくれたのだ。もう鼻がバカになるほど、アックスのニオイしかしない。

 

それにしても、これほど見事に汗臭さを消し去る薬剤があるとは知らなかった。しかも衣服の上から噴霧すれば、上品でスパイシーな香りがカラダ全体を覆ってくれるため、密室に閉じ込められたとしても安心である。

(あぁ、わたしのせいで他人が気絶したり嘔吐したりすることは、もうないんだ——)

先生に感謝することは多いが、今回ほど心底感謝したことはない。本当に助かった、ありがとう先生。

 

 

こうして、アックスのニオイをプンプンまき散らしながらも、わたしは無事に東京まで運んでもらうことに成功した。

もしかすると隣に座っていたオッサンは「なんだこいつ、ボディスプレークサいな」とイライラしていたかもしれない。だが、もしもわたしからボディスプレーのニオイが消えれば、オッサンは即死するのだ。

(・・なんだか人助けをしてやった気分だ)

そう思いながら、うつらうつらするのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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