カピバラのラスボス、もよおす。

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わたしから見て左から順に、目の前にいる動物たちの名前を挙げてみた。

ここは千葉県市原市にある、サユリワールドの園内ど真ん中。さすがは「動物と人間の共存、動物同士の共存」をテーマに掲げているだけのことはある。文字通り、動物もヒトも見事に共存しているから素晴らしい。

 

わたしのお目当ては、言うまでもなくカピバラである。とある一頭がまだ仕事モードに切り替えられず、人間たちがニンジンを差し出すのに対して、仕方なく咀嚼している姿を発見した。

しばらくして取り巻きがいなくなった頃、そのカピバラはむくっと起き上がると、プールに向かって歩き出したのだ。

 

まるでラスボスのような雰囲気のカピバラは、モッサモッサと体を左右に揺らしながら歩を進めると、プールの脇までたどり着いた。

そんなボスの存在に気付いた先客の下っ端は、そそくさと水から上がると、あっという間にみんなのいるほうへと消えて行った。

――無言の圧というか、上下関係の厳しさを目の当たりにした瞬間であった。

 

そしていよいよ、貸切状態のプールへ足を滑り込ませたボスは、ゆっくりと水をかき分けながら歩き出した。

「外は暑いから、きっとゴロゴロ転がるのだろう!」という淡い期待は見事に裏切られたが、それでもなんとなくその後の動向をうかがっていると、

「なんだよ、見てんじゃねぇよ」

と、イライラしながらボスが捨て台詞を吐いたのだ。わたしは慌てて、「こちらも入園料を払っているので、ぜひともボスのすべてを拝ませてくださいよ」と懇願した。

「フン、好きにしろ」

そう言うとボスはわたしに尻を向けて、まるで置き物のように動かなくなってしまった。

 

それを見たわたしは「なにか気に障ることでも言ったかな?」と、少々焦りながら自問自答していたところ、なんとボスは、見事なウンチとオシッコを披露してくれたのだ。

 

一般的なカピバラのウンチとは比べ物にならないほど、太くて立派な濃い草色の「土の塊」が、ボチャン、ボチャンと勢いよく水中へと投下される。そしてすぐさま浮上するので、ボスの周りには大きなウンチがプカプカと漂っていた。

「大」が済んだ後は、まるで豪雨のような音を立てながら、今度は大量のオシッコが降り注がれた。

 

こうしてすべての天変地異が終わると、今度はスッキリとした表情でこちらを振り返るボス。そこでわたしは、

「ボス、もよおしていたことに気付かず、すみませんでした!」

と小声で謝った。するとボスは、

「いいってことよ。もう済んだ話だ」

と余裕の表情を見せると、ザブンと一気に水の中へと潜った。そう、今度こそ水中でのゴロンゴロンのタイミングだったのだ。

 

目を細めながら気持ちよさそうに、何度も何度もゴロンゴロンと寝返りを打つボス。その大きな体をスクリューのように回転させると、水面は激しく波打ち、プカプカと浮遊していたウンチたちはあっという間にシェイクされて消えてしまった。

さっきよりも深緑色に染まった気がするプールで、相変わらず暴れ続けるボスを見守りながら、わたしはその後の行動について悩んだ。

 

――もしもこの後、ボスがわたしに全身マッサージを言いつけてきたならばどうしよう。せっかくのご指名なのだから、断ることなどできない。だが、どう考えてもこの水の濁り方はウンチとオシッコによるものだ。いや、いいんだ。後で手を洗えばいいだけのことだし、大したことではない。そもそもカピバラは、草や野菜しか食べていないのだから、ウンチだってそこまで臭くない。だったら悩むことはないだろう、ありがたく撫でさせてもらえばいいじゃないか。

 

悶々としながらもボスの動向に注意を払っていたところ、目の前に突如「天使」が現れた。これは比喩的な表現ではなく、本当に天使のように可愛らしいお嬢ちゃんが現れたのだ。

「カピバラしゃんがいる!」

そう言いながら、嬉しそうにボスが水中から上がって来るのを待っていた。

 

(そうでしゅよ、カピバラしゃんでしゅよ。可愛らしいでしゅね、ナデナデしてあげましょうね)

 

不敵な笑みを浮かべながら、わたしはほんの少し後ずさりをした。そしてモスグリーンに染まったボスと、天使のような初々しいお嬢ちゃんとの「ふれあい」を、生暖かい目で見守ったのである。

 

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