自販機に飲み物を補充する業者とシンクロする、若手弁護士

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わたしが騒井と出会ったのは、およそ三年前のこと。

ブラジリアン柔術という共通のコミュニティで、体格が小柄な騒井とわたしはスパーリングで組まれることが多かった。

 

見た目が素朴で純粋そうな彼のことを、

コンビニでアルバイトをしながら、柔術に励んでいる青年に違いない」

と、勝手に決めつけていたわたし。

事実、無地のTシャツに丈の短いチノパン、腰にはウエストポーチを巻いており、一見すると集金に訪れた業者にも見える。

 

ある日わたしは、騒井に職業を尋ねた。とくに意図はなく、単に会話の流れからそうなっただけだが。

すると、驚愕の答えが返って来た。

「一応、弁護士の予定です。司法修習中ですが」

わたしは目を疑った。いや、耳を疑った。弁護士の「べ」の字も想像できない騒井の口から、まさかの弁護士である旨が伝えられたのだから。

 

(もしかすると、4浪くらいしてギリギリ引っかかったのかもしれない・・)

 

意地の悪いわたしは、司法試験合格までの騒井の過去について探り始めた。まずはロースクールについて。

「京大の法科大学院です」

なに!?まさか京大出身じゃないだろうな?どんな苦労をして京大ロースクールに入ったのだろうか。

「えっと、京大出身です。飛び級でロースクールに入りました」

は??京大法学部から飛び級でロースクールに入っただと??いささか信じられないが、念のため出身高校も聞いておこうか。

「灘高校です」

・・・チーーン。これは正真正銘のエリートじゃないか。

 

灘といえば間違いなく、全国トップの偏差値を誇る超有名男子校。そして京大といえば、東大と並んで日本を代表する旧帝大の一つである。

ましてや飛び級でロースクールへ入学するには、天才集団のなかでも図抜けた知能と出席回数を示す必要がある。

 

つまり、この騒井という男、コンビニのアルバイトでも、代金回収業者でもないということが分かった。

 

たしかによく見ると、目の輝きがただ者ではない気がする。鼻筋も通っており高貴な顔つきに見える。

さらに、お召しになっている道着はボロボロだが、これはボロボロなのではなく、彼の身体にフィットしていると表現したほうがいいのかもしれない。

なるほど。私服のズボンが短いのは、自転車で裾が巻き込まれないための配慮に違いない。

 

(見れば見るほど、騒井が特別な存在に思えてきた。これからは敬語で話すことにしよう・・)

 

そんな騒井も、実務修習のため九州へ飛ぶこととなった。これが終わればいよいよ弁護士となるわけだ。

こうして、10か月後に再び東京へ戻ってくることを誓い、彼は静かに旅立った。

 

 

引く手あまたのエリート・騒井は、大手弁護士事務所に入所し、そろそろ2年目が終わろうとしている。

しかし、騒井ほどの成績優秀者ならば、弁護士ではなく検察官や裁判官のスカウトもあったはず。ところが、

「転勤が嫌だから」

という理由でそれらを蹴った大物は、今でもやはり「業者のような身なり」で、せっせと柔術の練習に通うのであった。

 

先日、道場に設置された自動販売機の補充作業を行う、二人のメーカー担当者を見かけた。

ごくろうさまです、と軽く会釈をしながら通り過ぎようとしたところ、後ろの男はなんと、騒井だった。

よく見ると、本物の業者はポロシャツにチノパン、腰にウエストポーチを付けている。対する騒井も、ほぼ同じ服装で入り口付近に立っている。

 

(これほどまでにシンクロするとは、おそるべし騒井の同化能力・・)

 

さらにこんな真っ昼間から、仕事をさぼって練習に参加していいのだろうか?

たしか騒井の勤務先は、新人弁護士の多くが脱落するほどの激務で有名な事務所のはず。

現に、騒井の同期も半分ほどが去ってしまったと聞く。

 

そんな忙しい合間を縫ってでも練習に顔を出す騒井は、本当に柔術が好きなのだろう。

時には、話しかけても上の空だったりする騒井だが、「いま大切にしたいこと」について尋ねてみた。

 

「仕事も大事ですが、もう少しワークライフバランスがほしいですね」

 

大手弁護士事務所で激務をこなす20代の若者は、ピりつく様子も見せずに毎日元気に柔術の練習に励んでいる。

しかし、表には出さない苦労や葛藤もあるはず。ましてや、騒井の仕事量はかなりのボリュームで、書類作成や裁判手続きなど多岐にわたる。

 

灘から京大へ進学し、飛び級でロースクールに入り司法試験に一発合格。引く手あまたのリクルーティングの中から、大手事務所へ就職を決めた超エリート、と言っても過言ではない男・騒井。

それでいて、業者に間違われるような平凡な外見と、仕事を抜け出して練習に励む純粋な姿を見ていると、「真の賢さ」というのは「己の欲望に素直でいられること」なのではないかと感じさせられる。

 

自分にとって本当に必要なこと、あるいは大切なことを、優先できるキャパシティーの有無こそが、優秀な人間とそうでない人間との明確な差である。

そして騒井は、激務を回しきる能力と、与えられた時間を精密に分配するバランス力を持っている。だからこそ、限られた時間内で己の欲を強引にねじ込むという、荒技を披露しているのだ。

 

おそるべし、騒井!

 

 

帰宅を急ぐ「業者姿」の騒井を見送りながら、わたしは改めて思った。

(己の欲に忠実な者は、得てして優秀なのかもしれない)

人は見た目ではない。さらには学歴でも職業でもない。とは言え、24時間をキッチリ使い切るだけの能力とキャパを持つ者は、やっぱり優秀なのである。

 

サムネイル by 希鳳

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2件のコメント

知性のかけらも感じさせない超大物ですからね〜
時々あらぬ方向を見てるのは我々に見えないものを見ているはず!
大阪でも人気者でした。

あ!あれはボーッとしているのではなく、何かを見ていたんですね!?それは失礼しました笑

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