のろい

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久々に映画を観た。わたしと同じ名前の、主人公クラスの呪怨霊が登場するアニメで、とても泣けると評判の話題作「劇場版 呪術廻戦 0」。一秒たりとも見逃すまいと、映画館のある六本木ヒルズに到着したのは上映開始20分前。わたしとしてはかなり早く到着したわけで、このまま映画館へ直行するのは調子が狂う。そしてここまで大急ぎで来たため、ちょうど腹が減っていることに気がついた。

(クンクン)

なにやらいい匂いがする。見ると、少し向こうに中国料理屋がある。近くまで歩いていくと、左手に小籠包・右手に中国料理屋というダブル中華の店構えになっている。どちらにしようか――。

しかし小籠包の方は、店内の照明は落とし気味で高級感が漂う。さらに数名の客が並んでいたため、自動的に選択肢から消えた。そして右側にある中国料理の店へと入った。

 

無論、店内で食べる余裕はない。上映開始まであと20分あるとはいえ、無理矢理呼びつけた友人(この映画をすでに観ている)を待たせるわけにはいかないからだ。彼女はすでに映画館に到着している様子、いち早く注文を済ませて駆けつけなければならない。

パラパラとメニューをめくる。映画館内は持ち込みの飲食は禁止だろう。だがポップコーンやホットドッグは販売されているわけで、匂いと咀嚼音の少ない食べ物ならばコッソリいけるのではなかろうか――。

 

そこで目に留まったのはチャーハン。しかも「ゴールデンチャーハンチーズオムレツ」という名前だ。

 

正直、チャーハンは賭けだ。ニンニクたっぷりだった場合、館内で食べることなど不可能も不可能。つまり映画を観る前に食べ終わらなかったら捨てなければならない。だが「チーズオムレツ」というからには、チーズたっぷりのオムレツがチャーハンの上にかぶさっているのだろう。となると、オムレツがチャーハン臭をある程度カバーしてくれるかもしれない。

わたしはこの「賭け」に乗った。――いいさ、もしニンニクたっぷりだったなら、映画館の目の前ですべて掻っ込んでやるだけのこと。

そしてこの「ゴールデンチャーハンチーズオムレツ」をテイクアウトで注文した。

 

中国料理、いや、チャーハンの魅力といえば、どでかい中華鍋をガンガン鳴らしながら天井へ届きそうなほど米を振り上げ、強烈な火力であっという間にパラパラチャーハンを作り上げてしまうことだろう。中国料理はとにかく出来上がりまでの時間が短いことで有名。あっという間に餃子も炒飯も酸辣湯も完成するわけで、時間に余裕のない時でも満腹になれる優れた料理といえる。

 

わたしの算段としては、熱々チャーハンを持って映画館まで走り、チケットを購入したら可能な限り掻っ込んで入館。ニンニク度合いによっては「NO MORE 映画泥棒」などの本編開始前の広告時間を使って、チャーハンを食べきってから入ればいい――、という感じだった。

だが、注文から5分経ってもチャーハンが出来上がる素振りはない。ヤキモキしながら厨房を覗くと、そこにいる全員が鍋を振りながら大忙しで料理を作っている。しかしながら肝心のチャーハンは誰も作っていない。

(そうか、客はわたしだけじゃないのか!!)

今さらだがここは本来イートインの店。テイクアウトはわたし一人だが、店内には数十人の客が各々の料理を今か今かと待ち構えている。しかもわたしが最後に入店した客ということは、下手するとここにいる全員の注文を終わらせてからわたしのチャーハンかもしれない。いくら中国料理がスピーディーとはいえ、さすがに数十人分のオーダーは時間がかかるだろう。

 

そうこうするうちに10分が過ぎた。だがまだチャーハンに手を付ける様子は見られない。ヤバい、友人からメッセージが届いた。

「飲み物買っとこうか?」

これは遠まわしに「急げ」と催促されているのだ。同じ建物内にいながら、10分経ってもなんの連絡もないことに痺れを切らせたに違いない。慌てて返信するも、焦りすぎて意味不明なタイポを繰り返してしまう。

(上映開始まであと8分、友人の呪いが発動されかけている)

祈るように厨房を覗くと、いよいよわたしのゴールデンチャーハンに火が入った。いそげ、中国の威信にかけて!

 

 

普段から走ることなどないわたしだが、この時ばかりはダッシュした。

二度目の映画に引っ張り出された友人。それを、チャーハンのせいで待たせたあげくに上映時刻に遅刻するなど許されざる行為。

 

これはもしかすると、チャーハンを優雅に掻っ込んでる場合じゃない。出来立ての美味そうな玉子と油の匂いがぷーんと漂うが、そんなことはお構いなしに映画館へ滑り込まなければならないかもしれない。――クソッ、小籠包にするんだった。あれなら一口で食べられるから、しばらくたって冷えた頃にパクっとやればよかったじゃないか!

 

そんなわずかな後悔を胸に抱きながら、わたしはチャーハンの上にたまごスープが乗っていることなど知らずに一心不乱に階段を駆け上った。

 

サムネイル by 希鳳

 

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