東京駅で待ち合わせをしていたわたしは、こちらへ向かってくる友人を発見した。女子三人でおしゃべりをしながら歩いて来る。他の友だちと一緒だったのか――。
わたしはてっきり、彼女一人で来るものと思い込んでいたため、見知らぬ女子も一緒であったことに少し驚いた。そして、ほぼ手荷物のない状態で現れたことにも拍子抜けした。なぜなら、友人は小旅行からの帰宅途中のため、大荷物を抱えて出てくると思っていたからだ。
彼女の最終目的地は東北地方のため、東海道新幹線から東北新幹線に乗り換える必要がある。そこで小一時間ほど暇になるとのことで、久しぶりにお茶でもしようと、わたしは東京駅までやってきたのだ。
時間も遅いため、手頃なカフェがやっているか不安だったが、東京駅地下構内のグランスタは大勢の利用客でにぎわっていた。これなら余裕でお茶ができる。
そんなことよりも、とにかく驚いたのは彼女の見た目だった。顔がブスになったとか、服装が奇抜になったとか、そういうことではない。非常に言いにくいが、ましてやレディーに対して失礼極まりない発言ではあるが、フォルムがまん丸になっていたのだ。
元からふっくらしていたが、彼女の顔の作りがとにかく上等であるため、わたしはなんとかそのポテンシャルを保つべく、心を鬼にして鞭を振るっていた。
中途半端な運動で、見た目を変えるのは難しい。たとえば週に一度のランニングとか、週に一度の水泳だとか、そんなものクソの役にも立たない。そして食事も、パンやご飯をやめてプロテイン中心にするなど、それっぽい真似事をしたところで効果などあるはずもない。
そのレベルの運動や食事制限というのは、自己満足でしかないとハッキリ告げておこう。「ダイエットに励んでる私、素敵!」「30分も走ったから、美味しく夕飯を食べられる!」などなど、どれも自分の行為に酔いしれただけである。
もっと言うと、素人のダイエットは一人では達成できない。必ず誰かの、しかもある程度の経験がある者、もしくはその道のプロのサポートを受けなければ、ダイエットを敢行することは不可能に近い。そのくらい、ラクして楽しく痩せることなどありえないからだ。
そこでわたしは一つの提案をした。ダイエットのためのハードな運動として、ボクシングを選んだのだ。奇遇にも彼女の自宅近くにボクシングジムがあったため、すぐさま入会させた。
運動とは縁のない彼女が、すんなりわたしの提案を受け入れるとは思わなかった。だが意外にも、ボクシングという最も過酷で男性的な競技を受け入れてくれたのだ。
無論、競技者としてボクシングに取り組むつもりはない。週に三回程度、ジムでサンドバックを叩いたり、指導者にミットを持ってもらったりすることで、そのふくよかなボディーが纏う脂肪を削ぎ落してやろう、という程度のもの。
人間というのは、とっかかりは新鮮ゆえに興味津々となる。そのため、手足にアザをつくりながらも彼女はボクシングジムへ通い続けた。
ところが、それから少しして、皮肉にも、いや運悪くというべきか、彼氏ができてしまったのだ。
女というのは単純なもので、オトコを手に入れるために化粧が厚くなったり、痩せたり趣味趣向が変わったりする。その逆に、安息の地にたどり着いた途端、己を磨くことを止める生き物でもある。
これは如何せんもったいない。なぜなら、自分磨きは恋人のためではなく、この世のためなのだから。美人は美人を維持すること、スタイルの良い者はスタイルを維持すること、それこそがノブレス・オブリージュなのだ。
それなのに、たかが両想いになったくらいで、その義務を放棄するなど無責任にもほどがある。
・・・その結末がこれだ。なんだ、あの風船のようにまん丸に膨らんだボディーは。蹴り飛ばしたらどこまでもゴロゴロと転がっていきそうだ。
私生活が満たされたからといって、この怠惰は許されるものではない。
*
怒りと絶望に震えるわたしの前を、風船女子がゆっくりと通り過ぎて行く。なんと、それは友人と瓜二つの別人だった。
さらに間近で見ると、それほど似ていない。むしろ彼女よりも若いその風船は、張りのある皮膚をパンパンに膨らませながらりんご飴を舐めていた。
呆然としながら三人娘を見送ったその先に、大きく手を振る本物の友人を見つけた。あぁ、紛れもなくアイツだ。太ってはいるが、まん丸ではない。
・・・ヨカッタ。
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