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(胃がおかしい)

そう感じたのは昨夜未明のこと。腐ったものでも飲食不可なものでも、喉元過ぎればしっかりと消化してきた鋼の胃袋に、異変が起きている。

 

明日は仕事で遠征予定のため、明け方前には寝ようと布団に横になったところ、込み上げてくる吐き気と胃痛、そして出そうで出ないげっぷの圧力に見舞われた。

(なんだこれは、さっき食べたカレーパンか?)

そんなはずはない。寝る直前に何をどれほど食べようが、眠くなったら一瞬であの世、いや、眠りの世界へひとっ飛びするのがわたし。それが今日に限ってカレーパンごときで胃もたれを起こすなど考えられない。

 

とりあえず体を左右にゴロゴロさせながら、胃痛が収まるのを待つ。だが30分経っても1時間経っても収まらない。胃のムカつきを落ち着かせるためにも、強引にげっぷを出したいがうまくいかない。

(クソッ、どうなってんだ胃袋!)

自分の身体というか、内臓をうまく動かせないもどかしさにイラつきながら、ベッドから起き上がるとジャンプを試みた。ジャンプ、ジャンプ――。重力を使って胃の内容物を腸へと送り込むサポートをしてみる。だがやはり変化はない。

 

そのうち夜が明けてきた。ブラインドの隙間から、薄明るい陰湿な朝もやが染み込んでくる。マズイ、とにかく寝なければ――。

 

トントンツトトンツトトン・・・

悪魔祓いの太鼓の音で目が覚める。わたしはいつの間にか眠っていたようだ。そしてこのアラームは、鳴った瞬間に行動をとらなければ遅刻する、ギリギリの時刻でセットしているため、否が応でも起き上がらなければならない。

相変わらず胃は痛むしムカムカする。

――クソッ、「コーヒー毎日2リットル」の代償か。

 

 

それにしても朝から水も飲めやしない。昨日はゴールデンチャーハンを見事に掻っ込んだというのに、今日は打って変わって弱者に成り下がっている。とりあえず会議の前に胃薬を買っておこう。

 

こうしてわたしは、生まれて初めて自らの手で「胃薬」を購入した。市販薬というのは、各製薬会社が似たような商品を販売しているため、どれを買ったらいいものか迷う。というより、どれを買っても差はないのだろうが。

「胃痛・胃酸逆流による胸やけに、ガストール」

最上段に並べてあったので、これにしよう。

(胃酸が逆流している感じはないが、それはわたしが鈍いだけで、実際はダクダク逆流しているのかもしれないからな)

 

胃薬を飲んでしばらくすると、さっきまで続いていた「胃の内側にボンドを塗りたくられたような気持ち悪さ」が、消えたとはいわないが半減した。これなら多少のコーヒーが飲めそうだ。

そこから小一時間の会議を経て、わたしは消化器内科へ一目散に向かった。

(マズい、このままでは何も食えない。家には大量のパンやミカンがある、なんとかしてあれらを食べなければ)

もはや義務感しかない。昨日、美味しそうなパンをたくさん買ったはいいが、それらを食べずに捨てることなどできるはずもない。土曜日に、軒下マルシェで山ほど購入したミカンにポンカン、文旦は、昨日までに半分以上は食べきったがそれでもまだ残っている。しまった!土曜日の夜、玉子焼きの老舗で買った大型の玉子焼きも、食べかけで冷蔵庫に入っている――。

 

(ダメだダメだ、胃痛だなんて弱音を吐いている場合じゃない。とにかく食べなければ。せめて家にある食料は食いつくさなければ!)

 

こうして、生まれて初めて「消化器内科」の門をくぐったわたし。とはいえ内視鏡を入れたわけでもなく、問診のみで終了。

「逆流性食道炎でしょうね」

左手薬指の指輪が光るイケメン医師が笑顔で診断を下す。それに対してわたしも笑顔で、

「でしょうね」

と答える。我々の見解は一致した。

 

クリニックを出るとすぐに、処方された錠剤を唾液で飲みこむ。一秒でも早く胃酸を止めて胃痛を和らげてくれ、そうでないと食料を平らげる時間が不足する――。これを聞いた友人がこう助言した。

「柑橘類は日持ちするでしょ?」

あぁそうだとも、日持ちするとも。だが再びこの胃痛に見舞われたら、その時はもはや柑橘類を後回しにすることはできず、涙を呑んでゴミ箱へ放り投げることとなる。そんなことはさせない、絶対に!

 

 

その後ネットで調べたところ、「逆流性食道炎の患者は控えた方がいい食べ物」というのを見つけた。当たり前だが、胃酸分泌を促進させるような消化しにくい食べ物は避けた方がいい。以下、一部抜粋。

「イモ、生クリーム、柑橘類、コーヒー、甘い物」

こ、これは!わたしが毎日食べているものばかりじゃないか。しかもここ数日、柑橘類とスイーツが運よく手に入るため、大喜びで貪り食った記憶しか残っていない。さらにナチュラルローソンで「マンダリンオレンジジュース」などという、普段は飲まない柑橘系ジュースを2リットルも購入してしまった。

胃に悪いものばかりを買い込んだ時に限って、胃が炎症を起こすとはなんたる不運。

 

そして最後に、逆流性食道炎の原因として痛恨の四文字が飛び込んできた。

「食べ過ぎ」

そうでしょうそうでしょう、なんとなくわかりますよ。食べ過ぎたら胃に負担をかけますよね、そりゃ。

 

――今後は胃をいたわるとして、今日だけは薬の力を借りて残飯処理に全力を注ごうと誓ったのである。

 

サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)

 

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