EPSONのショールームへ来た。
事前予約をしなかったため、担当者から説明を受けることができない。
コロナ禍ゆえ、社員の出勤がニュートラルなのだそう。
事前に予約をすれば、その日に担当者が出勤するという仕組みらしい。
だがせっかくだからと、直接の担当ではないが少し説明できる人間を連れてくるとの提案。
さすがは世界に誇るセイコーエプソン、来訪者を手ぶらでは帰すまい。
現れた男性は、こんがり日焼けが映える謙虚なイケメン。
しかし左足に青い袋を履いている。
「どうしたの?その足」
と聞くと、
「ランニングしててヒビ入っちゃいまして」
はにかみながら答える。
足関節にヒビが入り、靭帯も損傷しているとのこと。
にもかかわらず、左足を素早く引きずりながらショールーム内を誘導する、体育会系のイケメン。
「ヒビや靭帯痛めたとき、1週間したら積極的に使ったほうが治り早いよ」
私は経験上の有効なアドバイスをする。
「え?そうなんですか!」
素直に聞き入れるイケメン。
「無理に走るとかはやめた方がいいけど、寝っ転がってやる格闘技とかならできるし」
柔術の宣伝も織り込む。
そうなんですか?と興味津々。
どちらがセールスマンかわからないが、イケメンは今日から積極的にヒビの入った左足を使うと宣言した。
*
有楽町にある異国情緒あふれるオシャレカフェに入った。
コロナ禍とはいえ所狭しと人が集う。
中でも目を引くのは、年の頃70歳の紳士。
会社勤めとは思えない身なりは、言うなれば資産家のような、労働集約型産業とは無縁のオーラを放つ。
しかし紳士、軽く一時間はそこにいる。
背の高いグラスのシャンパンをちびちびやりながら、何をするでもなく座っている。
姿勢の良さが、これまた異彩を放つ。
するとそこへ20代前半と思しき女性が現れた。
黒いファーのコートからクリスタルのブレスレットが光る。
細く華奢な足にはシルバーの上品なピンヒール。
ーー娘か、プロか
願わくば前者であってほしい。
子の親にしてこの子あり、と言わせてくれ。
紳士の前で両手を合わせ、遅刻を詫びる娘(仮)。
そしてすぐさま化粧ポーチを持ってトイレへと去る。
残された紳士は背筋をピンと伸ばし、これまでと同じように真っ直ぐ前を見つめて座っている。
ーー久々に娘と対面し緊張する父
私の希望的観測を言葉にするなら、これだ。
そしてトイレから娘(仮)が戻ってきた。
紳士は、隣りの椅子に置いてあるバッグから白い手提げを取り出し、娘(仮)に渡す。
「えー、いいんですかぁ?ありがとうございますぅ!」
ーーさらば娘よ
*
広尾のピッツェリアに来た。
密を避けるためテーブル間隔は十分に保たれ、20時ルールも厳守の優良店。
店内の椅子やテーブルは使用感たっぷりに磨かれており、傘立てやスツールからはアンティークの存在感が漂う。
そして店の奥にそびえるピザ窯は本場・ナポリから取り寄せたもので、その立派さには思わず目を剥く。
広い店内に客2人、店員5人。
椅子にもたれながら天井を仰ぐ。
(ずいぶん高い天井だな)
そのまま視線を下ろすと、これまたカラフルで大きなタイルが壁にはめ込まれている。
(どんだけ金かかってんだ、この店)
コロナさえなければ大勢の客でにぎわっているであろうこの空間も、今では私によるほぼ貸し切り状態。
広尾の一等地でこれだけの広さを誇るピッツェリア、しかも備品はどれもリアルなアンティークと見受けられる。
この店、来月まで持つのかなーー
余計なお世話だが、客の私が心配する。
感染拡大防止のため会話を禁じられている店員たちは、黙々と自分なりの仕事を探し動き続けている。
これだけの人件費と賃料を捻出するオーナーの顔など、まともに見ることができない。
だが、せめて激励の言葉くらい伝えたい。
私はオーナーらしき男性に声をかけた。
「立派な家具や調度品ですね」
すると男性は目を細めながら答える。
「20年前からずっとこの椅子とテーブルですからね、年季入ってるでしょ」
涙が出そうだ。
「時短営業、大変なのでは?」
思わず労(ねぎら)いの言葉が口をついて出る。
「えぇ。それでも法令遵守でやらせてもらってます」
胸を張り誇らしげに言う。
「これだけ立派なお店だと、経費もかなりかかるでしょ?」
せめて愚痴を聞いてあげようではないか。
すると、
「まぁ。でもウチ、親会社が日●製粉なんで・・・」
「・・・・・」
ーーさすがは大企業、コロナ禍などどこ吹く風ということか
Illustrated by 希鳳
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