おまけに、出国まで阻まれる私

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アメリカがわたしの入国を拒む話をしたが、今回はその逆に、出国を拒まれるかのような事件が起きた。

 

いつの間にかマッカラン空港が、ハリー・リード空港に名称変更していたラスベガス国際空港。わずが10グラムの重量オーバーで、未開封のボトルウォーターを廃棄させられたわたしは、バゲージドロップのスタッフの悪態にキレそうになった。

早朝ゆえに上機嫌ではないのはわかるが、それにしても、ガムを噛みながら耳にAirPodsを突っ込んだまま、口も開かずに目配せや首を振ることで「あっちへ行け」とか「これは違う」というのは、果たしてどうなのかと思う。

 

そして、これはわたしの確認ミスでもあるが、キオスク端末でバゲージタグを取り出したところ、なぜか2枚出てきたのだ。パっと見では同じ内容だったため、「どっちでもいいだろう」と適当に片方を巻いて、バゲージドロップへと運んだ。

それがどうやら間違っていたらしく、「このタグは違う」と言われたため、2枚出てきたことを告げるも嫌な顔で首を横に振られて、シッシと追い払われたのだ。

 

なぜこのような仕打ちを受けなければならないのか——。

いくら見ず知らずの他人とはいえ、そしてもう二度と会わない人間とはいえ、ここまであからさまに不快な思いをさせられる理由が分からない。

 

それでも怒りをかみ殺して、わたしはスーツケースを預けるとさっさと搭乗ゲートへと向かったのである。

 

 

ボーディングエンドギリギリに機内へ乗り込むと、購入したばかりの携帯用低反発クッションを座席にセットし、快適な空の旅のグレードアップを図る。エコノミークラスの場合、せめてこのくらいの工夫をしなければ尻が痛くてたまらないわけで、今回はいい買い物をしたと自画自賛である。

 

そして機内に持ち込んだスタバのアイスラテを飲み干すと、わたしはふと不思議な気持ちになった。

(あれ?ギリギリに乗り込んだはずなのに、まだ動かない)

そう、最後の最後で滑り込んだはずなのに、10分以上経っても機体はピクリとも動かないのだ。スマホの音楽に聞き入っていたわたしは、イヤフォンを外すと隣のメキシコ人に話しかけた。

「離陸がかなり遅れるみたいよ」

・・マズいぞ。ただでさえ、サンフランシスコでの乗り換えは一時間しかないのに、遅れたら間に合わない可能性がある。

 

それからしばらくすると、機内アナウンスで「整備作業のため離陸は30分後になる」と告げられた。ふざけるな!下手すると乗り遅れるじゃないか!

これはマズい。すぐさまユナイテッド航空のアプリを開くと、やはり「重要なお知らせ」ということで、この便のディレイについてと乗継便の変更のインフォメーションが示されていた。

いやいや、わたしは乗るぞ。なにがなんでも、乗り換えするぞ——。

 

気持ちを落ち着かせるべく、わたしは後方にあるトイレへと向かった。搭乗客らが何人かトイレ待ちをしているのだが、そのうちの一人の老人がわたしに話しかけてきた。

「この遅延の本当の理由を知ってるかい?」

もちろん「知らない」と答えると、彼は嬉しそうにこう教えてくれた。

「整備作業だの通信機器のトラブルだの、われわれが確認できない理由で大幅に遅らせることがある。それは必ず『別の理由』があっての遅延なんだよ」

人生の酸いも甘いも知り尽くした表情で、老人はそう語った。年寄りの戯言!と一蹴したい気持ちもあるが、それにしても自身に満ちたその表情からは、嘘や作り話である可能性は微塵も感じられない。

とりあえず適当な相槌を打ちながら、自分の順番が来ると静かにトイレへ消えることで、老人との会話は終了となった。

 

座席へ戻ってしばらくすると、背後から不穏な空気が流れてきた。いや、不穏な奇声が聞こえ始めたのだ。

なんらかの病気を抱える患者かもしれないので、あまりジロジロ見るのは失礼だと思い、なるべく気にしないようにしていたわたし。しかし、その状態はエスカレートする一方で、明らかに異変が起きていた。

「助けて、お願いだから私を自由にして。この飛行機は呪われている、助けて!」

そう泣き叫ぶ老婆。やばい、これはマジでヤバい・・・。

 

他の乗客らも騒然とする中、地上から警察官が入って来た。そして老婆を促しながら降りていったのだ。それと同時に、機内アナウンスが流れる。

「降ろさなければならない乗客がいたため、離陸は50分遅れます」

嘘だろぉぉぉ!!!確実に間に合わないじゃないか!!!

 

どうしようもないトラブルではあるが、もはや打つ手がない。わたしはただ祈るように、一分でも早い離陸と無事な航行を願った。

 

 

サンフランシスコ空港に到着したのは、乗継便のボーディングエンドが過ぎてからだった。しかもターミナルが異なるため、搭乗ゲートまでどのくらい離れているのか分からない。

だが、わたしに残された選択肢は一つしかない。そう、全速力で走ることだ。もはや小細工を仕掛けたところでなにも変わらない。とにかくGゲートへダッシュするしか道はないのである。

 

——いつぶりだろうか、こんなにもノンストップで全力疾走したのは。しかもパソコンやらネックピローやら、走りの邪魔をする荷物を抱えながらのダッシュは。

せめてものすくいは、ビーチサンダルがリカバリーサンダルだったことか。どれほど強く床を蹴り飛ばしても、足の裏も膝も腰もまったく痛くない。あぁ、リカバリーサンダルでよかった。

 

そしていよいよ搭乗ゲートが見えてきた。ユナイテッド航空の職員が待ち構えている。なにを言われようがわたしは突破するぞ——。

「良い空の旅を」

拍子抜けしそうな笑顔で送り出されたわたしは、大幅に遅刻しながらも機内へ入ることを許された。・・よかった、ダッシュしてよかった。

 

搭乗後、しばらくして機内アナウンスが流れた。

「通信機器のトラブルで、この飛行機の出発は遅れます」

まさかの内容に耳を疑った。そしてあの老人の顔が脳裏を横切った。

 

整備作業や通信機器のトラブルはウソ。そこには「別の理由」がある——。

 

 

何はともあれ、無事、日本の地へ降り立つことのできたわたしだが、最後の最後まで出国を阻まれたのは事実である。

入国を拒んだあげくに出国も手こずるとは、いったいわたしをどうしたいのだ、アメリカよ。

 

Illustrated by 希鳳

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