小暴君(しょうぼうくん)

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わたしは稀に、アタマのネジが外れることがある・・おっと、間違えた。稀に耳の石が外れることがある。BPPV(良性発作性頭位めまい症)とよばれる症状で、通常ならば内耳にある「耳石器」に収まっている耳石が、なんらかの拍子にポロっと外れるのだ。

そして、BPPVすなわち目の前がくるぐる回る症状を、改善するための治療法(投薬や手術といった西洋医学的なアプローチ)は、残念ながら存在しない。とはいえ、「エプリー法」などいくつかの理学療法はあるが、いずれも「三半規管に迷い込んだ耳石を、頭を動かすことで元の場所へ戻す」という、物理的にズレた石を戻すやり方であり、薬や注射、はたまた手術といった治療は推奨されていない。

 

というわけで、定期的に耳石が外れるわたしは、その都度自力で戻す作業を行っているのだが、今回は微妙に”厄介なタイミング”と重なってしまった。そう・・頸椎ヘルニアによる神経根症のため、左側に体重を乗せることができないタイミングで、BPPVを発症してしまったのだ。

経験者ならば理解できるだろうが、めまいというのは恐ろしい威力を秘めている。なんせ、まっすぐ歩くことができずに道路へ跪(ひざまず)いてしまうのだから、事情を知らない者にしてみたら「どんな恐ろしい発作が起きたのか?!」と、ギョッとするわけで。

 

そんな、「大したことないのに大事にみえる発作」を再発させたわたしは、静かに考えた。

左側を下にして横になり、頭をちょっと振れば耳石は戻る。だが、左を下にすると疼痛が増して左腕が痺れてしまう。まぁ、ちょっとの間我慢すればいいのだが、そんなすぐには耳石を戻すことはできないし、何度もその動きを繰り返そうにも我慢の限界がある。とはいえ、このまま放っておけば目の前がぐるぐる回る世界が続くわけで、さすがに日常生活に支障をきたすだろう——。

 

結局、対処法について思いを巡らせている間、わたしは右側を下にして横向きになっていたため、玉座から外れた耳石は三半規管を漂い続けた。そのせいで、横になっているにもかかわらず怒涛のめまいに襲われ、勝手に身体が動かされるほどの”揺さぶり”を受け続けるのであった。

(寝ていてバランスを崩すって、どういうこっちゃ・・)

目を閉じれば脳内がぐわんぐわんとシェイクされ、目を開ければ目の前の世界がぐるんぐるんと回り、いずれにせよ安寧とは無縁の時間を強いられるわたしは、どうにかしてこの「荒ぶる小さな暴君(耳石)」を鎮めようと試行錯誤した。

 

(とにかく、アタマの向きを左へ傾けて揺さぶる・・を繰り返せば、小暴君は玉座へ戻る。だが、左を下にしたり首を捻ったりすると、頸椎に負担がかかることで痛みと痺れが起こる。よって、どちらを優先すべきかといえば、重症度でいえば断然「首」なのだが、目先の優先度でいえば「めまい」といえるだろう。なぜなら、めまいの原因たる”はぐれ耳石”を耳石器へ戻しさえすれば、めまいは収まる。そのため、どちらを先に始末するか・・でいえば、その手軽さからも耳石を動かす選択肢をチョイスするべきなのだ。とはいえ、どうすれば首に負担をかけないようにアタマを傾けた状態で振ることができるのか——)

 

真剣かつ冷静に熟考を重ねたわたしは、「グアッ!グァッ!」というアヒルの鳴き声で意識を取り戻した——あぁ、もう朝か。

そう、あまりに深く考えすぎたことで、いつのまにか眠りに就いてしまったのだ。そして気がつけば、アラーム音(アヒルの声)で目を覚ますに至るまで、爆睡していたのである。

さらに、放置された小暴君はというと・・相手にされないことで不貞腐れたのか、いつの間にか玉座へお戻りになっていた——フン、可愛らしい野郎よ。

 

というわけで、具体的な妙案にたどり着くことのないひと時(?)を過ごしたわけだが、無意識のうちに耳石を戻すことに成功したのであれば、それはそれで一つの対処法といえるのかもしれない。

次回の役に立つかは不明だが、ある意味「成功体験」として記憶に残しておくとしよう。

 

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