いよいよ春がきた——。
目が覚めると同時にわたしはそう確信した。なぜなら昨晩、ベランダのドアを開けっ放しにしたまま、寒さを感じることなく朝を迎えることができたからだ。
打ちっ放しのコンクリートでできたわが家は、冬の間は極寒のシベリアを彷彿とさせる寒さを演出してくれるのだが、そんな冷たい収容所においても、窓やドアを開け放ったまま眠れるようになったのだから、これはもう間違いなく「季節は動いた」といえる。
ならばと、しばらくは着ることのない防寒具たちをいそいそと袋に詰めると、近所のクリーニング店へ持っていくことにした。こういうことは、思い立ったが吉日。いつまでも視界に入るところへ置いておいては、運気が下がってしまうのだ。
それにしても、なんだこの全身を襲う倦怠感は。おまけに、ここ数日続いている頭痛と喉の痛みも消えないし——。風邪のような体調不良ではなく、なんというか・・そう、アレルギー性の症状なのだ。
この時期にアレルギーといえば、十中八九花粉症だろう。とはいえ、過去に血液検査でアレルゲンを調べた結果、吸入(花粉やハウスダスト)も接触(金属やゴム)も食物(小麦や甲殻類)も該当がなく、「ここまでアレルゲンの反応がないのも珍しい」と、医者が逆に驚いていた。
それでも毎年、3月になると謎の咳喘息に見舞われるため、やはりなんらかのアレルギー反応なのだと思ってはいるが、医者には「たとえばの話、そのアレルギー症状が大気圧の変化によって引き起こされる・・と言われても、そんな大きなものには抗えない。だから、これ以上アレルゲンを追求して発見したところで、対処のしようがないんだ。要するに、これからも付き合っていくしかない・・っていうことかな」と宥(なだ)められてしまったのだ。
そんなこともあり、なんらかのアレルギーであることは間違いないが、打つ手がないので症状がおさまるのをじっと待つしかない現状のわたし。
(・・とりあえず、抗ヒスタミン薬でももらいに行くか)
ただ待つだけならばバカでもできる。しかし、国民皆保険制度の日本にいるならば、症状を緩和する薬を処方してもらう権利があるわけで、それを行使せずに毎月の保険料をいつ回収するというのか——。
というわけで、クリーニング店へ寄るついでにクリニックへ行くことを決めたわたしは、春めいた空気に心躍らせつつ、両手に大荷物をぶら下げながら颯爽と歩き出したのである。
*
(臨時休業・・・)
木曜日の午後という、まず間違いなく営業しているであろう時間帯ではあるが、クリーニング店のドアには臨時休業の札が貼られてあった。
近所とはいえ、コートやダウンジャケットなどボリューム満点の衣服を、何着も詰め込んだ大荷物を持参したわたしは呆然とした。だが、やっていないものは仕方がない。ここは気を取り直して、クリニックで薬をもらうことで帳尻を合わせよう——。
そうポジティブに考えを改めると、クリニックへ向かって再び闊歩した。
(木曜午後休診・・・)
まさかの午後休診とは、なんという不運だろうか。いや、もしかするとこんなオチがあるんじゃないかと、薄々不安を感じてはいた。だがまさか、ピンポイントで今日の午後が休診日だなんて、なんという運の細さよ。
もはや涙目のわたしは、大きな手提げ袋をぶら下げてトボトボと来た道を戻り始めたが、「負け戦のままでは帰れない。せめてなにか手に入れてから帰宅しよう」と、起死回生の誓いを立てた。
その筆頭は当然ながらスタバのコーヒーだが、こちらは店舗へ並ばずともモバイルオーダーできるので、スタバの注文と同時に乾いた喉と心を潤すべく、果物を物色しにスーパーへと向かうことにした。
(いまの時期はイチゴがお手頃価格で買えるし、キウイフルーツも出現し始めたし、本当にいい季節を迎えたものだ)
そして待望の果物売り場へたどり着いたとき——わたしは、今日という日に感謝せずにはいられなかった。なぜなら、目の前にはカットスイカが陳列されていたのだから!!
カットスイカといえば、値引きシールが貼られていたらすべて買い占めるほどの、わたしの独占商品である。なので、このスーパーでは「スイカちゃん」と呼ばれ親しまれている可能性すらある。
そんなカットスイカが、寒い冬を経て満を持して陳列棚に並んだのだ。その初日にここへ来れたこと、そしてスイカを手にすることができた幸運に、これまでの不運や失態などすべて忘れ去るほどの喜びと感謝を感じた。
(やった!!ようやくスイカのシーズンが戻ってきた!!)
*
終わり良ければ総て良し——。相変わらず、両手には大量の防寒具が詰め込まれた袋を下げてはいるが、それとは別にカットスイカが8パックほど入ったレジ袋もぶら下げつつ、鼻歌まじりに帰宅する単純なわたしなのであった。
(ちなみに、会計時にレジの女性から「よかったですね、またスイカの時期がやってきて」と、案の定わたしが"スイカちゃん"であると証明されたことも、補足しておこう)
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