かびはへばや物語  URABE/著

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ーー春子は言葉を失った。

後で食べようと、ビニール袋に包んで冷蔵庫へ寝かせておいたトウモロコシに、カビが生えていたからだ。

 

春子にとってトウモロコシは、サツマイモやジャガイモらと首位の座を争うほどの大好物。とくに今の季節、店頭で山積みになっているトウモロコシを嬉しそうに抱えて帰ってくると、毎日何本も食べては満足していた。

その大切なトウモロコシにカビが生えているのだ。正確には、トウモロコシの皮と茎にカビが生えている。

 

いつだったか、偉い先生がこうおっしゃっていた。

「昔は餅にカビが生えたら、見える部分だけ切り取って食べたりしませんでしたか?あれは全然ダメ。目に見えるカビはかなり成長したカビだから、その周りもじつはカビだらけなんですよ」

カビは、菌糸が集まってできた菌糸体が大きくなったものであり、人間の目で見える以前にすでに発生している。それをたまたま見つけただけのことで、我々が見ているカビなどカビの末期であり、カビにしてみたら鼻で笑ってしまうほどのカビ具合だろう。

 

この暗い話を思い出した春子は、ビニール袋からトウモロコシを取り出すとゴミ箱へ投げ捨てた。

付け加えると、このビニール袋には特殊な加工が施されており、野菜や果物の鮮度が保たれるという優れモノ。それゆえ多少油断したともいえる。

 

大好きなトウモロコシを一粒も食べることなくゴミ箱へ捨てた後悔と罪悪感から、春子は居ても立っても居られなかった。

ーーもしかすると皮をむけば食べられるのでは?

ーーいや、無理だ。皮もヒゲもびしょびしょに濡れてるし、全体的に灰色のカビで覆われているじゃないか。きっと中までカビが侵食してる。

 

そんな終わりのない押し問答を繰り返すうちに、春子は気づいた。

ーーここからトウモロコシが見えるからいけないんだ。見えなくなればこの気持ちも収まるに違いない。

 

そして心を鬼にすると、手あたり次第ゴミを集めてゴミ箱へと投げ捨てた。そう、トウモロコシが隠れるまで、ゴミで埋め尽くしたのだ。

 

 

5分後、春子のイライラは頂点に達した。

ーーなぜ罪もないトウモロコシをゴミ箱へ葬らなければならないのか。これがアンコやグリンピースならば問題はない。だがよりによって大好物のトウモロコシを、己の慢心からカビだらけにしたあげく、自らの手でゴミ箱送りにするなど許されざる行為だ!

 

ふと我に返ると、春子はゴミ箱に手を突っ込んでいた。そして大量のゴミをかき分け、カビだらけのトウモロコシを引っ張り上げた。

ーーとりあえず、皮をむいてみよう。偉い先生やカビに笑われても構わない。まずはこの目でトウモロコシの安否確認をしよう。

 

ビッシリ生えたカビになるべく触れないように皮をむく。すると、なんと2枚ほどむいた時点でカビが消えた。いや、人間の目に見えていないだけでカビはそこにもいるのだろう。だが少なくとも目に見えるあの嫌な灰色の水玉模様は消えたのだ。

 

はやる気持ちを抑えながら皮をはぎ、ヒゲをむしり、とうとう美しい黄色の粒までたどりついた。一見、何の変哲もないトウモロコシがそこにいる。

 

そこで春子は考えた。

ーーそうだ、良識ある友人らに聞いてみよう。

 

すぐに答えがほしい春子は、SNSを使って状況を説明し判断を仰いだ。すると間もなく、一人の知識人から返事が来た。

「きれいなところは食べても大丈夫」

ーーよし!!!

 

じつは春子、この返事よりも先にカビから脱したトウモロコシをサランラップに包み、レンジへセットしていたのだ。そしてこのGOサインを見た瞬間、レンジのボタンを押した。

 

 

3時間後、スマホが光った。

「餅のカビの話」をした偉い先生とは別の、料理上手な偉い先生からメッセージが届いたようだ。

 

「ダメです。菌糸をあなどってはいけない。もったいないけど食べてはいけません」

 

・・・・・・。

 

小さくため息をつくと、春子は覚悟を決めた。

ーーこうなったらしかたない、これから私はカビと共存するわ!

 

 

(完)

 

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