毎度のことだが、ピアノのレッスンに遅刻しそうなわたしは、大通りへ出るとタクシーを待った。実際のところ、現在時刻は14時40分なので、14時45分発の電車に乗ろうと思えば乗れたのだが、如何せん今日は走りたくなかった。
その理由は簡単、「ただ単に汗をかきたくなかった」からだ。今日の最高気温は16度ということで、暑くも寒くもないちょうどいい気温。そのため、服装もわりと軽装でイケると読んだわたし。
ここ最近はめっきり冬らしくなり、厚手の上着が手放せない日が続いたが、ピアノのレッスンは一時間程度で終わるため、気温が一桁まで下がる心配はない。ということは、Tシャツの上に少し厚手のフーディーを着る感じで、ちょうどいいのではないか——。
真冬の耐性を強化するためにも、このくらいの気温で厚手の上着に手を出してはならない。人間というのは意志薄弱な臆病者のクセに、与えられた環境にはいち早く慣れる図々しい生き物である。それゆえに、この程度の寒さで防寒対策をしてしまったら、来月以降の命の保証はできない。
だからこそわたしは、多少肌寒さを感じるかもしれないが、ジャケットは着用せずにフーディーで乗り切ることにしたのだ。もちろん、フーディーの生地は厚いし裏起毛なので温かい。よって、16度という気温を警戒する必要などないのだ。
そしてこれこそが・・つまり、フーディーこそが「走ることのできない理由」である。もしも上着を羽織っていたら、室内に入ったら脱げばいい。だが、着ているフーディーを他人の前で脱ぐのは、なんとなくダメな気がする。
そのため、無駄な運動をすることなく穏やかな状態で、先生のお宅までたどり着かなければならないのだ。そんな理由からも、普段ならばダッシュで間に合う電車を見送ったのである。
*
16度とはいえ、秋口の16度と冬の始まりの16度とでは方向性が異なる。秋口の気温は夏の終わりを引きずっているので、上方修正できる16度。しかし冬の16度は下方修正されるので、体感気温は14度くらいの肌寒さを含んでいる。
(しまったな・・ジャケット着てくるんだった)
5分たっても空車の赤い文字は見えず、通りの端っこから身を乗り出してタクシーを待つわたし。こんなことなら、45分の次の電車でよかったんじゃ——。
このままタクシーを待ち続けるか、それとも50分発の電車の乗ろうか、いよいよ決断を迫られた時、遠くから"空車"の赤文字が光るのを発見した。——やった!これで遅刻せずに汗もかかずに移動できる。
イマドキのタクシーとしては珍しい、セダンタイプの古い車に滑り込むと、こちらを振り返りながら挨拶をする運転手の顔に驚いた。なんと、外国人だったのだ。
イメージからするとイタリア人といったところか。ヨーロッパ圏でもラテン系の雰囲気を感じる男性で、丸メガネが妙に似合っている。
流暢な日本語で「どちらまで行かれますか?」と尋ねる彼に、「目黒駅方面へ」と答えたわたしだが、内心「目黒駅の方向、分かるのかな・・」と不安を覚えた。きっとナビを発動させるのだろう——と思っていたところ、「わかりました」と笑顔で前を向くと、そのまま車を発車させたのだ。
少しメールのチェックをしたかったので、わたしはすぐにスマホへ視線を落としてしまったが、イタリア人ドライバーは迷う様子もなくグングンと最短ルートを進んでいった。
(なんかUBERに乗ってるみたいだな・・)
この状況は、まるでUBER(ウーバー)だ。海外で毎回お世話になるUBERは、当たり前だが運転手は外国人である。そして年季の入ったセダン車にラフな格好の外国人が運転手とくれば、UBER以外にありえない。
「English available(英語対応できます)」
運転席の後ろに、こんな貼り紙があった。まぁ、外国人観光客がこのタクシーに乗り込んだ瞬間、「よかった!英語が通じるドライバーだ!」となるだろうが、日本人のわたしからするとシュールに感じる。むしろ「Japanese available(日本語だいじょうぶです)」と書いてあったら、日本人客がホッとするかもしれない。
「目黒駅まで行ってしまっていいですか?」
白金台の辺りで声をかけるイタリア人ドライバー。そこでわたしは、
「高速を通り過ぎたら、一つ目の信号で降ります」
と、ちょっと難易度の高い回答をしてみた。なにも意地悪がしたかったわけではない。ただ、彼がどこまでこの辺りの地理を把握しているのか興味があったのだ。
「わかりました、一つ目の信号ですね」
日本人運転手の中には、地理に詳しくても不愛想で横柄な態度のオッサンも多い。ところが彼は、穏やかな笑顔を浮かべながらハツラツと答えてくれただけでなく、港区周辺の地理にも詳しかった。
人見知りな日本人が、車という個室で見ず知らずの他人と会話をするのは、実際のところハードルが高い。ところが、陽気で会話好きの欧米系外国人ならば、こういったシチュエーションでの間の持たせ方はお手のもの。
特段会話をせずとも、なんとなくフレンドリーな空間を作り出すことに長けているイタリア人(個人的な偏見)こそ、タクシードライバーに向いているのかもしれない。
*
わたしの希望通りに、高速道路の高架を通過した一つ目の信号で停車した、イタリア人ドライバー。
古びたセダン車から降りたわたしは、日本に居ながらにして海外の雰囲気を味わえたことに、ちょっとした得を感じたのである。
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