試合でもコンテストでも、負けるつもりで挑むバカはいない。だれもが優勝を目指して、勝利の瞬間を心待ちにしているのである。
殊に対人競技や記録勝負ならば、試合終了とともに決着がつく。だが審査系の競技に限っては、結果発表の瞬間までは本当に分からないのである。明らかに勝ったつもりが負けていたり、はたまた完璧な演技のはずが低評価だったりと、当事者が関与できないところで密かに勝利が決まるからだ。
だからこそ、その瞬間が訪れるまでは参加者全員が固唾を呑んで、己の勝利を願い信じるのである。
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ここ最近、友人らが立て続けに審査系のコンテストに挑戦した。
ベテラン審査員による厳格な審査の上で決まる順位であり、そこに文句をつけるつもりはない。だができれば、我が友人らがその頂点に立ってほしいと祈る気持ちで見守っていた。
その結果、優勝こそ逃すも大舞台で上位に食い込み、自身の結果に満足する者もいれば、まさかの予選敗退で絶望の淵へ突き落される者もいた。
よく耳にするセリフで「競技の本質は、自分自身との戦いだ!」という名言がある。とはいえ審査員も人間である以上、各人の好みに左右される傾向にあることは否めない。
公平な審査基準と経験豊富な眼識をもってしても、感じ方は人それぞれ。おまけに、賄賂や忖度を背負わされた日には、もはや出来レースでしかないわけで。
だがほとんどの場合、だれもが納得のいく審査結果に落ち着くのだから、総合的に鑑みれば審査員の目は確かなのだ。
そして、審査方法が減点方式の場合、ミスは絶対に許されない。たった一度のミスが命取りとなり、挽回の余地などない・・という恐ろしさが、コンテスタントを恐怖と緊張の渦に誘い込む。
また、自分では審査項目をクリアしたと思っても、審査員にとっては未熟あるいは不出来だと判断されれば、それはすなわち減点対象となるわけで、なんとも厳しい世界なのである。
そんなこんなで、わたしは今日"FOOD MADE GOOD"のアワードセレモニーに招待された。なぜなら、顧問先のピッツェリア(GTALIA DA FILIPPO)がノミネートされたため、これはめでたい!とばかりに首を突っ込んだのだ。とはいえ、彼ら彼女らがこの日を迎えるまでに、どれほどの努力と苦労を重ねたのかは想像に難くないため、それらが実ったことが素直に嬉しかった。
今回のアワードの概要は、サステナビリティに配慮したフードシステムの構築へ向けた取り組みを、協会加盟店を対象に規定の審査基準でレーティングし、その上位がノミネートされるというもの。そしてセレモニー当日に、大賞を筆頭に各部門(BEST調達賞、BEST社会賞、BEST環境賞、特別賞、BESTリサイクル賞、BESTフェアトレード賞)の受賞店舗が発表されるのだ。
こう言ってはなんだが、まさか顧問先が受賞するとは思ってもみなかったので、せめてセレモニーの雰囲気だけでも味わおう・・という程度の軽い気持ちで参加したわたし。だが豪華で煌びやかな会場の雰囲気や、ノミネートされた人々と関係者らの正装っぷりに驚かされた。
(やべぇ、完全に場違いな格好で来てしまった・・)
これが夏場であると自慢の筋肉が悪目立ちするのだが、今が長袖長ズボンの季節で助かった。とりあえず顧問先に迷惑をかけぬよう、わたしはおとなしく飲食に勤しむことにしたのである。
会場内の誰もがわきあいあいと歓談を交わしていたが、この後に行われる受賞店舗の発表を前に、やはりどこか緊張感の漂うアワードならではの雰囲気を醸し出している。うん、こういうのは悪くない——。
そしていよいよ各部門の受賞店舗の発表がはじまり、笑顔と拍手あふれる素晴らしい時間が過ぎていった。ちなみに顧問先は、まさかの、というか待望の「大賞」を受賞した。いやぁ、会場へ駆けつけて本当によかった!と、心底感激したのである。
セレモニーが終了し、いざ帰ろうとしたところ、顧問先の従業員であるとある女子が、口を曲げて悔しそうな顔をしていた。キミの店は大賞を受賞したのだから、もっと喜びなさいよ——。
「じつは私、BESTリサイクル賞を狙ってたんです」
どうやら、該当すれば一つの店舗から複数の部門へエントリーが可能な模様。そしてこの子は牛乳パックのリサイクルを担当し、まるで人生の一部であるかのように力を入れていたのだ。
「朝の3時までスピーチの練習したんですよ!」
笑ってはいけないが、わたしは思わず吹き出した。たしかに、ノミネートされた以上は受賞の可能性があるわけで、担当者であれば檀上でのスピーチという大役を任されるわけだ。
だが朝の3時まで練習をして、ほとんど睡眠もとらずに会場へ駆けつけたわけで、受賞を逃して残念ではあるがその初々しさに懐かしさを覚えた。
「あーぁ、ぜったいイケると思ったのになぁ」
ぶうたれる彼女に向かって、わたしはスマホの動画を開始した。
「BESTリサイクル賞、おめでとうございます!」
すると彼女は目を輝かせながら、
「ありがとうございます! 今回、牛乳パックリサイクルで大賞をいただいたのも、地域の皆さまのご理解とご協力のもと・・できたものだと思っており・・身に染みています!」
午前3時まで練りに練った"力作"を披露し始めたのだ。ポイントは「地域の皆さまのご理解とご協力のもと」というワードらしい。たしかに彼女が日頃から使うとは思えない、真面目ワードである。
インタビュアーとなったわたしは、用意していない原稿まで吐き出させようと、次々に質問を投げた。対する彼女は、そんな無理難題からも逃げることなく、笑顔かつアドリブを効かせてスピーチを続けた。そして最後はここぞとばかりに、
「本日はお足元の悪い中、お越しくださりありがとうございました!」
と、してやったりの笑顔で締めくくってくれた。——えっと、今日はとてもいい天気で非常に歩きやすかったぞ。
*
あくまで個人的な意見だが、勝負事というものは優勝以外は同列である。だからといって、優勝以外に意味がないのかというと、そんなことはない。
現に彼女のスピーチは、実際に壇上で聞くよりも、わたしの心を掴む"面白さ"を含んでいたわけで。
と、そこでわたしはふと考えた。あのセレモニー会場に、スピーチの練習をしてきた者はどのくらいいたのだろうか。いや、むしろスピーチの練習をしていないノミネート店舗の人間は、いたのだろうか。
(受賞を逃した全員から、準備してきたスピーチを聞かせてもらえばよかったな——)
来年こそは、あのスピーチを壇上で披露できることを願う。
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