老人と腫瘍  URABE/著

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――アバラが痛い。かれこれ4年くらい経つだろうか。ワシのアバラは徐々に痛みを増している。はじめは、胃が膨れて押されているのかと思ったが、さすがにこれは違う。ここ数年で明らかにアバラが折れ、表面の皮膚を突き破りつつあるからじゃ。

定期的に健康診断を受けているが、どうやら腫瘍が生長しつつあるらしい。しかし経過観察を続けた結果、ワシのアバラが骨折するほどに肥大し、隆起したのじゃ。

 

ワシの一生はそろそろ終わるのだろうか。あるいは、腫瘍摘出の手術を受けるのだろうか。いずれにせよ若かりし頃には戻れないわけで、じっとここで沈黙を続けるしかない、という寂しさよ。

そんなワシの唯一の楽しみは、目の前にあるスターバックスじゃ。小さな店舗だが常に人の往来があり、にぎやかで活気づいている。なにやら最近、訪れた店舗のスタンプやメダルがもらえるアプリがあるらしく、この店のスタンプを獲得するために、わざわざここまで足を伸ばした客を何人も知っている。

残念ながらワシはスマートフォンとやらを持っていないので、スタンプを集める遊びには参加できない。だがこのスタバには一度でいいから入ってみたいと、15年前から指をくわえて眺めているわけじゃ。

 

うっ、アバラが疼く――。

ワシの皮膚は分厚くて頑丈だが、体内で生長する腫瘍にはかなわないようじゃ。外部からどんな衝撃を受けようが、どれほど重たい荷物を支えようが、アバラが折れたことなど一度もない。そんな気配を感じたことすらないんじゃ。

年は取っているが健康体が自慢のワシなのに、この病魔に蝕まれるしかないのか。

 

異変を感じたのは4年前。胃袋のあたりに膨満感を自覚するようになった。きっと食べすぎか飲みすぎじゃろうと放置していたが、健康診断でそれが「良くないもの」であることが分かった。

とはいえ外科的な手術をするほどでもなく、とりあえずは経過観察ということで時が過ぎた。それでも腫瘍は日に日に肥大し、ワシのアバラを内側から押し上げるようになった。

(く、苦しい。なんとかしてくれ)

声にならぬ声で苦痛を訴えるも、ワシを救ってくれる人間はいない。かれこれ40年以上、老体に鞭打っていろんな痛みに耐えてきたが、そろそろ限界を迎えようとしているらしい。

 

こう見えてワシは、人間でいうところの75歳。今年の10月から「医療費の窓口負担が1割から2割に上がる」とニュースで騒がれた、あの年齢と同世代じゃ。とはいえ、一定以上の所得がある老人が2割負担となるだけで、その割合は後期高齢者医療の被保険者全体の20%程度。そこそこ金があるのならば、払ってやればいいじゃないかと思うのだが。

 

そしてある日、ワシのアバラはミシミシと音を立てて亀裂が入った。もはや手遅れであり、腫瘍の生長スピードにはついていけない。そのうち肉や皮膚を突き破り、表面に腫瘍が姿を現した。

(あぁ、お前は摘出されてしまうぞ・・・)

ワシはまだいい。どうせ老いぼれの身、もうそろそろこの世を去るからじゃ。だがお前はこの先何十年、いや、何百年と生き続けることができる生命を持っているのに、こんな登場のしかたをすれば殺されるだろう。

 

だが時すでに遅し。どうやら腫瘍の摘出手術が決まったようじゃ。ワシが悪いのか、それともお前が悪いのか。いや、人間の頭が悪いのか――。

 

そう、ワシは関越自動車道上里サービスエリアのスターバックス前で、街路樹の根上がりにより隆起してひび割れた、アスファルトジジイじゃ。

 

(了)

 

サムネイル by 希鳳

 

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