丸ノ内線サディスティック

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電車で移動をする際、終点まで乗るならば座席に腰を下ろしたいものである。とはいえ、他人の温もりを尻で感じるのが苦手なわたしは、席が空いてから数分経過した後に座るのが、ベストだと考えている。

無論、そんな我儘(わがまま)が通用するケースは少なく、ほとんどの場合が座席争奪戦となるのだが。

ちなみに、数駅程度の乗車時間ならばドア付近で待ち構えて、開扉の瞬間に飛び降りるほうがいい。だが10駅以上移動する場合は、なるべく座って過ごしたいのだ。なぜなら、揺れや急停車を気にすることなく、居眠りや動画視聴に没頭できるからだ。

 

ちなみに、最も迷惑というか目障りな乗客というのは、健康のためかカッコつけているのかは分からないが、満員電車で自分の前の席が空いたにもかかわらず、断固として着席しないオッサンだ。

老人や妊婦など"席を必要とする人物"に、席を譲りたい精神を振りかざしているのは理解できる。だがそういった人物が周囲にいない場合、目の前に立っているオマエが座ることで、立ち乗客率が下がるわけだ。それすなわち、その場にいる全員の願いであり幸せに繋がるのである。

にもかかわらず、勘違いの偽善と独り善がりな傲慢のせいで、ポツンと無駄に一人分の座席が空くこととなる。それを見た周囲の立ち乗客らは、そのオッサンに向かって一斉に呪いを放つわけだ。

 

こういう"空気が読めないヤツ"は、なぜかオッサンに多い。「俺はまだまだ若い」「オトコたるもの着席などしてはならない」「席が空いたからといって、すぐに座ったらカッコ悪いだろう」などと考えているのか。

「貴様の稚拙なプライドはどうでもいいから、さっさと座って空間を作れよ!」

と、そいつの近くにわたしがいたならば、間違いなく耳元で怒鳴りつけてやる。いや、そんな助言をするよりも、黙ってわたしが着席すればいいか・・。

 

とにかく、「大勢の人間が集う場所では、合理性を優先した考えで行動するべき」などと、怒りに近い妄想を膨らませながら、わたしは四ツ谷駅で丸ノ内線に乗り込んだ。目的地位は終点・荻窪駅。ゆえに、どっかりと腰をおろしアニメでも堪能しようじゃないか。

 

乗車時点で車内はヒトで溢れかえっており、空いている席はなかった。だが心配無用。なぜなら、4駅目には都会の魔窟・新宿駅が現れるからだ。

新宿での乗降者数は、車内全員が入れ替わるほどの激しさであり、ほぼ間違いなく席が空く。よって、新宿を待てばわたしはくつろぐことができるのだ。

 

そのため、わたしは自然に座席へ滑り込むべく、明らかに新宿で下車しそうな乗客の前に移動した。なんせ、さっきまで目の前に座っていたオンナは信用ならない。あれはヘタすると、中野坂上まで乗っている顔をしていたからだ。

そして今、明らかに新宿で降りるであろう若いサラリーマンの前を陣取った。——このオトコは新宿で降りる。なぜなら、こいつの会社が新宿にあるからだ。霞が関へ営業に出ていたオトコは、日報作成のために帰社する途中。よって、確実に新宿駅でおさらばする存在なのだ。

 

電車は新宿三丁目を発車し、いよいよ新宿駅が目前に迫る。・・さぁ立て!いざ、電車の出口へと向かうのだ!

 

わたしの読み通り、大勢の乗客が押し合いへし合いなだれ込むように新宿で降りていった。それに伴い車内に残った乗客らは、軽やかに身をかわしながら空いた席へと滑り込んだ。

相手の動きを予測していたかのように、スルッと体を反らせる運動神経は「お見事!」の一言に尽きる。一ミリの無駄もなくすれ違う乗客らは、都会における電車生活のスペシャリストなのだろう——。

 

慌ただしく乗客が入れ替わる中、わたしはただ茫然と立ち尽くしていた。なぜなら、目の前のサラリーマンが微動だにせずスマホをいじっているからだ。おまけに、奴の両隣りの乗客もなぜか新宿で下車しなかったのだ。

一歩も動くことのできないわたしをよそに、丸ノ内線常連客らは入れ替わり立ち替わり、あっという間に配置転換が完了。そして、のろまなわたしが「・・あ!」っと思った時には、すでに電車は動き出していた。

 

「・・まもなく西新宿です。出口は左側です」

 

こうしてわたしは、いや、わたしとあのサラリーマンは、二人仲良く終点・荻窪駅で降りたのである。

 

サムネイル by 希鳳

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