蜘蛛の巣とホコリに発狂寸前だった私の一時間後

Pocket

 

ブスは三日で慣れる、などというセンセーショナルなことわざだか慣用句があるが、要するに、人間というのはなんだかんだで物事に慣れる生き物である、ということを表している。

 

たしかに、ウォシュレットどころか便座もトイレットペーパーも設置されていないインドのトイレも、何日か滞在するうちに「こんなものだ」と慣れてしまった。

また、ブラジリアン柔術を始めるにあたり「汗でビショビショのオッサンと組んずほぐれつするなど、なにがあろうと断じてご免だ!」と固く誓ったにもかかわらず、気付けば自分自身も汗だくで、むしろ汗を垂らしまくって絡み合っているのだから恐ろしい。

 

とはいえ、その環境を変えることができる、あるいは避けることができるのならば、わざわざ我慢してまで慣れる必要などない。だが、どうにもならない現実を目の当たりにすると、諦め、いや、覚悟を持つのが人間なのだろう。

良くも悪くも鈍さというか適応力というか、これこそが「慣れ」であることを、わたしは改めて実感したのである。

 

 

人生初となる、ダンプトラックに乗る機会を得たわたし。

一般的に「ダンプ乗り」と聞くと、気が荒くて脳みそ筋肉のイメージかもしれない。だがわたしの中ではまったく違う。なんせダンプ乗りは憧れの職業であり、大きなボディ(荷台)とは裏腹に他人を気遣える繊細なオトコが就く仕事だからだ。

その証拠に、サービスエリアでずらりと並ぶダンプや大型トラックの左側のサイドミラーは、どれも見事に畳まれている。むしろサイドブレーキは引かないのに、左のミラーだけはきちんと畳んでいるのである。

これは言わずもがな、隣接する車両の発進の際に邪魔にならないための配慮だ。自身のミラーを傷つけないためでもあるが、とにかくそういった配慮ができるのが、トラック乗りの本質といえるだろう。

 

そんな「気は優しくて力持ち」を体現するかのようなダンプカーの魅力といえば、なんといっても寝台スペースである。これはダンプカーに限らず、中・大型トラックに常備されているスペースで、長距離移動の際の仮眠や休憩場所として使用される。

そしてわたしは、この寝台スペースで寝ることが長年の夢だった。その夢が、いよいよ叶うのである!

 

テンション爆上がりのわたしは、稼働歴30年の古びたダンプに乗り込むと、さっそく拭き掃除を始めた。産業廃棄物を運ぶダンプだが、運転席も助手席もホコリや砂で汚れている。さらに、ボロボロの肘掛けやガムテープで留めてあるサンバイザーなど、当然ながら作業のためだけに存在する車であることを示していた。

(それにしてもきったねーな・・)

憧れのダンプなので口に出しては言わないが、内心、舌打ちしながら拭き掃除を続けるわたし。すると視界の端っこに、なにやら小さな白いものが動くのを感じた。

 

「ギャァァァ!!!!!」

 

それは1ミリにも満たない蜘蛛だった。フワフワとおかしな動きをしながら移動する蜘蛛のせいで危うく失神しかけたわたしは、ドライバーである友人に鬼の形相で蜘蛛退治を申し付けた。

ものの5秒で蜘蛛と蜘蛛の巣は片付けられたのだが、アイツが一匹でこの空間で暮らしているとは思えない。つまり、他にも仲間がいるんじゃないか——。

 

疑心暗鬼に陥ったわたしは、蜘蛛が潜んでいそうな場所をしらみつぶしに拭きまくった。そして、視認が難しいカーテン類をすべて取り去った。

運転席の後ろが寝台スペースとなるが、寝台スペースの背後が窓になっており、そこに古びたカーテンが付いていた。30年もの間、紫外線から寝床を守ってきた功績は認めるが、もしもそこに蜘蛛がくっ付いていた場合、そいつがカサカサと降りてきてわたしの耳や鼻の穴から体内に侵入でもしようものなら——。

そんなことを想像したら、もはや発狂寸前である。

 

こうして、真夏の日差しが照り付ける灼熱地獄で、わたしは仮眠をとることにした。とりあえず段ボールを敷き、その上に寝袋を広げて簡易ベッドを完成させると、蜘蛛やホコリに怯えながらも横になってみた。

(シート背面の布部分は拭ききれない。ここのホコリや蜘蛛のリスクを排除できない以上、顔を近づけるのは危険である・・)

車内の壁やシートの清潔感について一切信用していないわたしは、そこへ近づくことを避けた。その結果、唯一の安息の地となりうる空間は、運転席と助手席の間しかなくなった。

 

あぁ、これが新車ならばこのようなストレスを抱えることもなかった。新車とまではいかずとも、もう少し掃除が行き届いていれば多少は安らぐことができただろう——。

寝袋はツルツルな素材でできているため、路面の揺れやカーブによってわたしの体もツルツルと移動する。そのたびに車内の壁やシートに触れるので、足の裏で踏ん張りながらなんとか身を守るしかないのだ。

 

(蜘蛛が隠れているかもしれないこの空間で、一分たりとも気を抜くことはできない。恋焦がれたダンプカーの寝台スペースとはいえ、これはとんでもない誤算だった・・)

 

 

わたしが目を覚ましたのはおよそ1時間後だった。狭い空間で大の字になり、壁もシート関係なくグゥグゥ眠っていた模様。

(・・予想以上に熟睡できたな)

トラックの寝台スペースというのは、思った以上に快適だったのだ。

 

蜘蛛がどうした?ホコリがなんだって?・・そんなものは大した問題ではない。要するに、何事も慣れてしまえば日常であり、天国なのである。

 

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です