池袋駅の北口付近を徘徊していたところ、何を言っているのか理解できないが、明らかにわたしに話しかけている外国人と遭遇した。
たまたま歩いていたその通りは、客引きだらけのいかがわしいエリア。さらに、スマホをいじりながら駅へ向かっていたわたしは、どこからともなく聞こえてくる呪文のような、
「スミマセン、&%”#!+>?*‘=<@ドコデスカ?ワカリマスカ?」
という呼びかけが、まさか自分に向けられたものだとは思わなかった。
しかし、頭上から聞こえる「スミマセン、スミマセン」という、意味不明な謝罪の連呼に不快感を覚えたわたしは、ハエを追い払うかのようにしかめっ面で頭を上げたところ、そこにはトルコ系の男性が立っていた。
「&%”#!+>?*‘=<@ドコカワカリマスカ?」
わたしと目が合ったトルコ人は、再び同じ文言を繰り返した。しかしながら、日本語の部分とそうではない部分との差が激しくて、その男が知りたいであろう「場所」の部分だけが聞き取れない。
仕方なく「・・ん?」という表情で何度か聞き返すも、同じ言葉しか喋らないい・・というか喋れないらしく、謎の呪文を唱えられているわたしは、徐々にキレそうになった。
だが、ここでキレたら”とある重要な情報”を奴に与えることになる。それは——わたしが日本人である、ということだ。
片言の日本語で話しかけているトルコ人は、要するにわたしを日本人だと判断したのだろう。いや、もしかするとそれはフェイクで、本当の目的は「日本人かどうか試してやろう」ということかもしれない——フン、そう簡単に乗せられてたまるか。
そこでわたしは、精一杯すっとぼけた顔で「何を言っているのか分からない」という雰囲気を出しながら、肩をすくめて両手を広げつつ首を傾げた。
それを見たトルコ人は、
「ナニイッテルカワカラナイ?・・ナラダメネ、ソーリー」
といって諦めた——と思った瞬間、
「ホントウニワカラナイ?」
と、畳み掛けるかのように”まさかの攻撃”を仕掛けてきたのだ。
(なんだこいつ、こえーな・・・)
彼が放った「ホントウニワカラナイ?」の意味が、尋ねている場所を知らないのが本当なのか・・という意味か、はたまた日本語が分からないのが本当なのか・・という意味か、わたしには判断しかねる。ただ、彫りの深い顔とブラウンの瞳は、明らかに何かを疑っている様子でわたしを見降ろしていた。
だがわたしは、まさかの追撃に反応することもなく、ひたすら「日本語の通じない外国人」を装ってその場を離れた。ホントウニワカラナイ・・に頷(うなづ)きでもすれば、「コイツハニホンジン」という貴重な情報を与えることとなる。それだけは阻止せねば——。
*
不審なトルコ人を振り切って池袋駅構内へ続く階段を下りながら、わたしは先ほどのやり取りについて考えた。
(あのオトコはどこかの場所について尋ねてきたが、もしもそこを知っているとして「あっち」などと答えたならば、果たしてどうするつもりだったのだろう。そこまで連れて行ってくれ・・と懇願されたのか、はたまた「アリガト」とリリースされたのか。そもそも、本当にその場所が知りたくて声をかけてきたとは思えない。だとしたらやはり、日本人かどうかの確認をしていた・・とみるのが正しいが、それはいったいなんのため?誘拐して売り飛ばすとか?・・それが目的ならば、さすがにわたしを選ぶことはないだろう。ということは、普通にわたしのことが好みだったとか——)
などと、得心の行く答えにたどり着かずに悶々とするわたしの背後から、どこか聞き覚えのある声が降りかかってきた。
「スミマセン、ドンキホーテドコカワカリマスカ?」
ギョッとしながら振り返ったわたしは、先ほどのトルコ人と瓜二つのトルコ人と目が合った。だが、そのオトコはわたしを見て驚く様子もないので、似ているがさっきの人物とは違う——いや、絶対コイツだろう!!
しばらく見つめあった我々だったが、そのうち向こうが恐怖でも感じたのだろう。わたしはなにも答えていないのに、「オーケー」と言いながらそそくさと逃げて行った。
(アイツ、二度もわたしに話しかけてくるなんて、よっぽど好みの顔だったんだな)
日本人には皆目モテないが、もしかするとトルコ系にはモテるのかもしれない・・という、密かな期待を胸に有楽町線へと乗り込むわたしなのであった。
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