「かわいい顔して小悪魔みたいなオンナ」という表現があるが、まさにそんな感じの後輩がいる。それでいて、悪意なくわたしを地獄へ引きずり込もうと、魔の手を伸ばしてくるから厄介なのだ。
(あぁ、わたしのインスリンはあと何年持つのだろうか・・)
*
目に余る暴飲暴食を繰り返すわたしは、自覚症状がないどころか血液検査も正常そのものではあるが、いつか必ず糖尿病になる・・という残酷な自信に満ちていた。そりゃそうだ、糖や炭水化物の摂取量が尋常ではないのだから、インスリンが枯渇するのも時間の問題だということは誰の目にも明らか。
だが、自分に甘く他人に厳しい性格が災いして、チョコやクッキー、パン、ケーキといった”悪魔の白い粉”系の食べ物を見ると、無意識に手が伸びてしまうのも事実。これはもはや依存症といっても過言ではないくらい、反射的に要求してしまうのだから仕方がない。
それでも、与えられた天寿を全うするには糖尿病を予防しなければならならず、心を鬼にして砂糖や小麦粉を断つ決意をしたわたし・・だったはずなのだが、もはやオオカミ少年もびっくりするほど、その決意は日々翻(ひるがえ)されるのであった。
そこでわたしは、ちょっとした工夫・・というか逃げ道を用意した。それは「他人からもらう食べ物は、悪魔の白い粉だったとしてもカウントしない」というルールだ。この特例を設けることにより、誰かの厚意を無駄にすることなく、それでいて「甘いものを断つ」という決意を反故にすることなく、win-winな状態を維持できるわけだ。
(糖尿病云々はどうなった・・という部分は、この際触れずにおこう)
とはいえ、誰もかれもがわたしに食べ物を与えてくれるわけではないし、自ら甘いものに手を出さない・・というだけでも、相当な糖分をカットできるのは間違いない。よって、糖尿病へのラストスパートを遅らせることができる(はず)という点で、かなりの効果が期待できると自負している。
そんなわたしの元へ、数カ月ぶりに大阪に住む後輩が訪れた——そう、小悪魔だ。奴が現れるときは必ず、わたしを喜ばせる材料を引っさげて来るのが特徴。それこそ、「胃袋を掴まれると離れられない」というセリフがあるように、毎度毎度わたし好みの食べ物を持参するから恐ろしい。
言うまでもなく後輩は、今回もニコニコしながら紙袋を手渡してきた。中には、太いクロワッサンのような棒状の生地にチョコレートがふんだんに塗られたパイと、バターたっぷりの四角いフィナンシェ、そしてホワイトバウムクーヘンに”カピバラのペン立て”が入っていた。
——カピバラといえばわたしを象徴する動物であり、友人知人らのSNSにおけるオススメで、なぜかカピバラが表示されるのは紛れもなくわたしの影響。そんな「ありがた迷惑である旨」の報告を受けつつも、カピバラ普及活動の奏功に密かにほくそ笑むのであった。
「ヒトからもらったものは、ノーカウントですよね?」
そう言いながら、屈託のない笑顔で甘いものを押し付けてくる後輩を、嬉しいような悔しいような複雑な心境で受け止めるわたしは、とりあえずランチをするべく近所のイタリアンレストランへと向かった。
「えー、どうしよう。これも美味しそうだなぁ」
あれこれ迷いつつも「二人でシェアしよう」ということで、パスタ二種類とピッツァ、そしてメインでポークソテーを注文した我々——来週の試合に向けてダイエットを検討していたのだが、今日はチートデイ・・ということでいいかな。
デザートにチーズケーキを食べようか迷ったが、そこは理性を奮い立たせて断念したわたし。そう、タガが外れる前に踏みとどまることが重要なのだ。
こうして満足のいくランチを終えた我々は、食後のコーヒーを嗜むべくスターバックスへと移動した。するとこの時間帯では珍しく、ショーケースには大量のドーナツやケーキがフルラインナップで並べられていた。
(宇治抹茶とホワイトチョコのスコーンに、アールグレイ&オレンジスコーンサンド・・これは、チートデイである今日食べておかなければ、次はいつ食べられるか分からないんじゃ——)
せっかく、ランチでチーズケーキを辞退したにもかかわらず、スタバでそれ以上のデザートを頼んでしまったわたしは、もはや本日をチートデイにしなければ帳尻が合わなくなってしまった。
(ならば、存分にチートデイを満喫しようじゃないか)
・・その後、深夜に及ぶまで暴飲暴食を続けたことは想像に難くない。
*
思い返せば、毎日がチートデイのわたし。そして毎日毎日、懲りずに「明日からダイエットする」という、叶わぬ夢を宣言をし続けている気がする。
ちなみにこの宣言は、どことなく「どうせまた遅刻でしょ?」という感覚に似ている。だからこそ、「どうせ口だけ・・」というイメージを払拭するべく、今日こそは甘いものを断ってダイエットを敢行するつもりだった。
にもかかわらず、そんなわたしを嘲笑うかのごとく、大阪から送られてきた刺客——もとい小悪魔によって、今日もまた大いに決意が覆されたのである。
(あ、明日こそは・・・)
樽のように膨らんだ腹をさすりながら、今日までがチートデイであることを自らに言い聞かせつつ、明日の誓いを立てるわたしなのであった。
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