どうする?〇〇する?

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前言を撤回したい。昨日、ガンガンに効いたエアコンのせいで鳥肌を立てて震えていたわたしは、「今日は本当に暑かったのか?」などと生意気にもセレブ生活を自慢してしまった

だが今日、たかが10分ほど道路に突っ立っていただけなのに、紫外線による皮膚のジリジリ感と、上からも下からも照り付ける灼熱地獄に、わたしは思わずタクシー配車アプリをインストールしてしまったのだ。

 

そう、都内は確実に暑いし、気温35度は伊達じゃないということを、身をもって知ったのである。

 

 

都営三田線のトラブルにより地下鉄のダイヤが乱れていたため、わたしはタクシーを使ってピアノのレッスンに向かうことにした。

(これなら普段よりも早く着くから、向こうでコーヒーでも飲んでくつろぐとしよう)

朗らかな気持ちで横断歩道を渡ったわたしは、さっそくタクシーの空車を待つことにした。

 

自慢じゃないが、この場所での空車待ち歴は10年を超えるベテランである。昼下がりの今ならば、およそ信号一回分でタクシーを捕まえることができるだろう——。

時間的に余裕があるわたしは、精神的にも楽な気分で遠くから迫りくる車の集団を見つめた。フロントガラスが太陽の光を反射するため、「空車」の赤いサインが見にくいが、とりあえず手を挙げて立っていれば止まってくれるはず。

 

こうして、一回目の信号が終わった。

 

(日陰に避難するか・・)

一回目の信号でタクシーを拾えると思っていたわたしは、横断歩道の真横で仁王立ちしていた。だが、さすがにここで馬鹿みたいに立ち尽くす理由もないので、少し離れたところにあるビルの陰へと移動した。

 

それにしてもこの辺りは路上駐車が多い。せっかく日陰に入ったのに、業者のトラックが邪魔で遠くのタクシーを確認できないのだ。その結果、わたしは車道にはみ出る形で空車待ちをすることになった。

信号が青になると、待ってましたとばかりにあらゆる車両が猛スピードで通り過ぎていく。と、品川ナンバーのテスラがわたしの目の前を走り去った。

(チッ、つま先だけでも踏まれとけばよかった)

ただでさえ横幅のあるデカ物なんだから、人間様のそばを通るときくらいスピードに気をつけてもらいたい。なんとかギャフンと言わせたかったが、足を出すのが一歩遅かった。

 

そうこうするうちに、二回目の信号が終わった。

 

信号の待ち時間など、長くても2分程度だろう。こちらの気持ち次第で長くも短くも感じるわけで、この炎天下で待てど暮らせど現れないタクシーにイライラしているわたしにとって、今日の信号はやけに長い。

いや、この際信号はどうでもいい。空車が現れさえすればそれでいいのだから。

 

にらみつけるように遠くを見つめるわたし。そもそもタクシー自体が少ないのだが、それでもポツポツと通過する車両はどれも乗客を乗せており、まっすぐに挙げたわたしの手は行き場を失い、虚しく降ろさざるをえないのであった。

(・・・ん?)

なんと、わたしから10mほど手前にオンナが現れた。そして、わたしと同じ方向を見ているではないか。目の前のコンビニから出てきたそのオンナは、涼し気な顔でスマホをいじりながらタクシーを待っている。

 

(まずい、これは非常にまずい。この位置関係ならば、あのオンナが先にタクシーを拾ってしまう。こちらは無駄に5分を費やしたというのに、あいつに先を越されるのだけは許せない。かといって、あのオンアよりも向こうへ移動すれば、それこそ某タクシーアプリのCMのようなコントが展開されることに。ここはひとまず、こちらの事情を説明した上でタクシーを譲ってもらおう。いや、そんなことで理解を示すような賢さを、あのオンナからは感じない。であればやはり、アイツよりも向こうへ移動するしかないのか・・・)

 

こうして3回目の信号が終わった。

 

もはやピアノのレッスンに遅刻をする可能性が出てきた。こんなところで無駄にタクシーを待つくらいならば、しかも手前に強敵が陣取る不利な立場で戦うくらいならば、アレを使うしか——。

 

生え際から垂れ落ちた汗が、じわっと右目へ吸い込まれる。・・し、沁みる。

次から次へと滴る汗を拭いながら、わたしは必死にスマホを操作した。そして、タクシー配車アプリでタクシーを呼ぶことにしたのだ。

 

(クソッ!クレカの登録が必要なのか。あぁカードカード・・・)

 

お察しの通り、この作業で4回目の信号が終わった。

 

(よし、近くにタクシーがいる!)

インストールしたタクシー配車アプリで、さっそくタクシーを呼ぶことにしたわたし。

そういえば、あのオンナもさっきからスマホをいじっているが、果たしてわたしと同じように頭を使っているのだろうか。いや、見るからにSNSかぶれしたツラだから違うだろう。

 

「今すぐ呼ぶ」をタップした瞬間、なんと、目の前にタクシーが現れた。まさかこんな素早く到着するとは——。

そのタクシーには女性が乗っていて、ドアがスライドすると同時に走り去っていった。そう、わたしが呼んだタクシーではなかったのだ。

 

(の・れ・る?)

 

大袈裟に口を動かしながら尋ねるわたし。それを見たドライバーは、大きく頷いた。その瞬間、すぐさま「キャンセル」ボタンをタップし、空車になりたてのタクシーへと滑り込んだ。

 

ドライバーに行き先を告げると、わたしはおもむろに振り返り、あのオンナを見た。すると、あのオンナもこちらを見ていた。

(だろうな。だが実際にわたしのほうが長く耐えてきたし、予定がタイトなのも事実。残念だが、これが人生というものだ)

例えるならば「年長者の余裕と笑み」というやつだろうか。そんな表情を浮かべながら、わたしは深々とシートにもたれかかったのである。

 

Illustrated by 希鳳

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