猛暑日、土偶のように冷たくなった私

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日中の都内の最高気温は35度。とはいえ、気象庁などが発表している気温は、「通風筒」と呼ばれる直射日光を遮る容器、というか柱の中に温度計を格納し、常に換気した状態で気温を計測しているわけで、われわれがその環境にいなければ同じ温度ではない。

たとえば、道をブラブラ歩いている時に「クソ暑い」と感じたとしよう。照りつける太陽、アスファルトからの反射熱——。となれば当然、「最高気温」をはるかに超えるわけだ。

つまり、発表されている気温が35度ならば、実際に感じる気温は場合によっては40度だったりするのである。

 

周りを見渡せば皆汗だくで、まさに真夏の暑さを物語っている。

(かわいそうに、早くキンキンに冷えた屋内で涼みたいだろう・・)

などと他人事のように、哀れみの目で行き交う通行人を見るわたし。

 

ここは池袋駅構内だが、わたしは全然暑くない。そもそも、快適な温度の自宅から外へ出て、1分も歩けば最寄り駅へとつながる地下道に突入するわけで、猛暑の攻撃を受けるのはわずか一分程度なのだ。

しかも街路樹や建物の陰を選んで進むので、直射日光をダイレクトに受け続けるような過酷な状況には遭遇しない。そしてそれらを足早に進み地下鉄に乗り込めば、そこはもう都会のオアシス。むしろ寒いくらいに冷房が効いた、移動式快適冷蔵庫なのである。

 

こうして池袋駅に着いたわたしは、西武池袋線の特急に乗り換えて秩父へと向かった。

大きな窓を流れる自然豊かな景色を眺めながら、快適な旅を楽しむつもりだったが、それがまさかのサバイバルゲームになるとは、予想だにせず——。

 

 

特急は池袋駅から30分ほどで所沢駅に到着する。ここで降りる乗客もいるが、祝日である今日は、半日でも十分楽しめる秩父へ向かう観光客が多かった。

所沢から新たに乗り込んできた乗客でほぼ満席となった車内は、窓から差し込む灼熱の太陽と、秩父巡りを待ちわびる乗客らの熱気とでムンムンしている。

まぁ、この感じこそが「夏の象徴」だろう。

 

それからしばらくすると、浮かれていた乗客らも正気を取り戻し冷静になった。というか、はしゃぎ疲れて寝ている様子。実際のところ、到着後に歩き回るのだから、今のうちに体力を温存しておくのは賢明な考えである。

そして、パンにドーナツ、さらにアイスコーヒーで腹を膨らませたわたしは、スマホでメールのチェックをしていた。

 

(それにしても、エアコンの風が直撃するな・・)

 

タンクトップに短パンという出で立ちのわたしにとって、車内の冷房は時に強敵となる。この格好は外をうろつくにはちょうどいいが、冷蔵庫ばりに冷やされた車内においては、むき出しの手足は冷気の直撃によりダメージを受けるからだ。

こんなこともあろうかと長袖のカーディガンをバッグに詰め込んできたが、防寒アイテムの着用にはまだ早い。もう少し粘ってみよう。

 

そして数十分が経過した。指先は冷たくなり、手足の血色が悪い。

さっきまでは、ギラギラの日差しがわたしの生足をローストしていたが、電車の進行方向の問題だろうか、もはや太陽光を直接浴びることはなくなっていた。

(いくらなんでも冷やしすぎだろ、まるで冷蔵庫じゃないか・・)

西武鉄道は気が利きすぎるのだ。肌の露出が多い薄着の乗客のことなどお構いなしで、長袖長ズボンのサラリーマンのために車内を冷やしているとしか思えない。

 

そこでわたしは、バッグからカーディガンを取り出した。これでなんとか上半身は保護できる。あとは太ももにバッグを載せて、冷気の攻撃を防ごう——。

 

もうあと30分ほどで終点の西武秩父…というところで、わたしはとうとう我慢できずに席を離れた。

手のひらは真っ白で血の気を失っている。太ももも紫に変色しており鳥肌が立っている。つま先など、踏んづけても感触が分からないほど神経が麻痺している——。

命の危険を察知したわたしは、この冷房地獄から抜け出るべくデッキへと移動したのだ。

 

(・・あぁぁ、生き返る!!)

 

外部の熱を体内に取り込もうと、乗降口のドアガラスに貼りつくわたし。

だが、こうして太陽からの恩恵の端くれを享受することで、生きていることを実感できるのはある意味幸せといえる。なんせ、酷暑を耐えるのも厳しいことだが、それよりも、体温が下がれば生命維持が困難となりいずれ死ぬわけだから、やはり警戒すべきは寒さなのだ。

 

土偶のような土色の肌をしたわたしは、そんなことをしみじみと実感するのであった。

 

 

結局、秩父へ到着してからも、車による送迎と室内での歓談という快適な時間を過ごしたため、夕方、帰路に就く際にはすでに太陽も鳴りを潜めていた。

そして当然ながら、移動式冷蔵庫で低体温を維持しながら池袋まで運ばれたわたしは、そのまま地下鉄に乗り換えて自宅へと戻って来たのである。

 

(・・今日は、ほんとに暑かったのか?)

 

冷たい指先を握りしめながら、一人、自問自答するのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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