――寒い。とにかく寒い。
日頃から、室内と屋外の温度差に震えることは多い。だがここはやはりというか、大胆で大雑把な海外のほうが、耐え難い寒さを作り上げてくる。
わたしは今、サンフランシスコ国際空港のロビーにある、でっかい電光パネルの前に立っている。
何をするわけでもなく、ただ立ち尽くしている。正確には、張り付いている。
その理由はただ一つ、ここに立っていると暖かいからだ。
ハブ空港として有名なサンフランシスコ空港は、利用客も多い。
この大パネルのど真ん中に、ポツンと立つ日本人はさぞかし絵になるのだろう。搭乗ゲートへと向かう乗客らが、こちらをチラ見しつつ、動く歩道に乗って運ばれて行くのであった。
大パネル以外で暖かい場所というと、清掃スタッフたちが出入りする専用出口付近しかない。
きっと外へと繋がっているのだろう。ドアの開閉時に外気が入ってくるため、あの付近にいると生温かい空気に触れることができるのだ。
だがしばらく突っ立っていると、大きなゴミ箱をゴロゴロ転がす彼らの邪魔になるようで、じろりと睨まれてしまった。
そこで仕方なく、自ら発熱することで体温を上げようと、空港内を端から端まで歩き倒すことにした。しかしながら、如何せん離陸まで4時間以上あるわけで、いったい何キロ歩けばいいのか。
途方に暮れるわたしの目の前に、いや、真横に、突如ぼわっと暖かい空気がせり出してきた。ハッと振り向くと、それこそがあの大パネルだったのだ。
(なるほど。この無駄にデカい画面で宣伝するには、相当の熱量が必要なのか)
画面にピタリと張りつくと、さっそく暖を取るわたし。あぁ、温かい――。
しかし今思えば、サンフランシスコに来るまでの機内がとにかく寒かった。そのせいで、ここまで身体が冷えてしまったのだ。
青果物でも運んでいるのか?と疑うほどに冷え冷えとした機内。おまけに、頭上から冷風が吹きつけるため、ツマミを回して風を止めるも、半袖半ズボンのわたしの体温はみるみる奪われていった。
(ブランケットをもらうにしては、飛行時間が短かすぎるかな・・)
変なところで日本人気質が出てしまい、柄にもなく遠慮をするわたし。
そもそもブランケットを求める人もいないし、満席の機内でブランケットに包まるのも、変に目立つかもしれない。どうせ1時間半くらいだし、我慢すればいいか――。
この甘い考えがよくなかった。
離陸後、機内はさらに冷え始める。10分後には手足に鳥肌が確認できるほど、完全な寒冷地が出来上がった。
(もう少しすれば飲み物がくる。そこで少し、芝居を打とう)
ブランケットを諦めたわたしの「頼みの綱」は、ホットドリンクしかない。熱々の飲み物で体内を温めなければ、この寒冷地で生き抜くことは不可能。
そしていよいよドリンクを積んだカートがやってきた。わたしはあえて弱々しい声でこう伝えた。
「体が寒くて寒くて。なにか温かい飲み物がほしいわ」
勘のいいCAならば、後ほどブランケットを持ってきてくれるだろう。それが叶わなくても、とりあえずわたしが凍えていることが伝われば、何らかの対応があるかもしれない。
わたしはホットティーを頼むと、紙ナプキンと共に温かいカップを受け取った。
あぁ、生き返る――。
ずずっとティーを啜りながら、わたしはとあることを発見した。太ももに置いた紙ナプキンが、なんと、薄手のブランケットの役割を果たしているのだ!
そこでわたしは、四つ折りになっていた紙ナプキンを広げて、太ももの上に置き直した。すると、どこからともなく吹きつけてくる微妙な冷風を、完全とはいかないがほぼ遮断してくれたのだ。
(これしかない!!)
ドリンクカートがまだ近くにいたため、すかさずCAから紙ナプキンをもらう。それを広げて太ももに巻き付けると、シートポケットから雑誌を取り出し、おもり代わりに載せてみた。
――完璧だ。
雑誌と紙ナプキンと、ダブルで冷風をシャットアウトしてくれる。さらに紙ナプキンが太ももに巻き付いているので、横からの風にも強い。
これならばブランケットがなくても、なんとかなりそうだ。
結果的にわたしは、この「即席防寒具」でなんとか粘った。
どうせなら搭乗と同時にブランケットをもらうべきだったが、タイミングを逸したわたしは、薄っぺらい紙ナプキンで耐え凌ぐしかなかったのだ。
こうして、ガクブル震えながらも、命からがらサンフランシスコ国際空港へと到着できた。
日本便への搭乗開始まであと少し。わたしは相変わらず大パネルに張りつき、しっかりと暖を取っている。
(・・あの店で、長袖を買わなくて済んだぞ)
カネを使わずに、なんとか生き延びることに成功したわけだ。
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