わたしは今、保安検査場で捕獲されかけている。
どこからともなく集結した精鋭部隊に囲まれ、逃げ場を失っているのだ。
だがここでひるむわけにはいかない。わたしは間違っていないのだから!
*
わたしは今日、久しぶりに飛行機に乗る機会を得た。
国内線ではあるが、空港というのは人をワクワクさせる不思議な魅力がある。
その証拠に、みやげ売り場は搭乗客でごった返しており、見るからに活気づいている。
そんなにぎやかな人混みを通り抜け、保安検査場までやってきたわたしは、JALの職員に声を掛けられた。
「お客さま…、大変失礼ですが、マスクをお持ちでしょうか?」
そうだった!日系の航空会社を利用する際は、マスクが必須であることを忘れていた。
マスク着用に対して異論があるわけではないので、指示されたら素直にマスクを着ける。
もちろんそうするのだが、念のため
「ごめんなさい、マスク持ってないんです…」
と眉毛をハの字にして、いかにも申し訳なさそうに答えてみた。すると、
「少々お待ちください」
といって、奥から不織布のマスクを一つ、取ってきてくれたのだ。
くり返しになるが、マスク着用を義務付けることになんら異論はない。
航空会社、飲食店、各種施設によって独自の考えや方向性があるわけで、それに従えないのならば利用しなければいいだけのこと。
これは、例えるならば我が家を訪れた際に、
「無駄にデカい音を立てるな」
「床に物を置くな」
「手を洗ったらペッペと払わずに、洗面台の下の方でそっと水滴を払ってから、ペーパータオルで拭き取れ」
という注文をつけるのと同じだからだ。
これらが守れないのならば、当然、我が家の敷居をまたぐことはできない。
つまり、航空会社がマスク着用を義務付けるのは普通のことであり、それに対して反発する理由などどこにもないのである。
こうしてわたしは新品のマスクを受け取ると、保安検査場へと入っていった。
今回の移動のお供は、RIMOWAのアルミニウム製スーツケース。色々と怪しいものも入っているが、とりあえずは検査用トレーに載せるとX線へと送り込んだ。
・・・この辺りで冒頭へ戻ろう。手荷物検査装置を通過したところで、わたしは検査員に呼び止められたのである。
「こちらのお荷物の中にハサミが入っているようなので、確認させていただけますか?」
(ハサミ??そんなものを入れた記憶はないのだが・・・)
RIMOWAを開けると、検査員の言うとおり「上のほう」にハサミが入っていた。それは、テーピングを切るときに使うハサミだった。
しかも百均で売っているような、どこにでもある量産型のもの。
「長さを測らせていただきますね」
さすがに携帯用ではないが、持ち歩いても気にならないサイズではある。さらにフォルムは丸みを帯びており、見るからに安全そうなハサミだ。
言うまでもなく、おもちゃの親戚のようなこのハサミが、手荷物検査で引っかかるはずなどない。
ところが、担当の女性がハサミを測りながら、何度も首をかしげる。
(いやいや、問題ないだろう!)
そして困った顔で振り向くと、
「申し訳ありません。刃の長さが6センチまでしか持ち込めないのですが、こちらは6センチと1ミリありまして・・・」
と言った。
いやいやいや、それはおかしい。どこにでも売っているような既製品で、1ミリの差が出るはずがない。どうせならもっと大きな差のはず。
ちなみに計測方法は、ハサミが交差する「ねじ部分」に定規を当てて行う模様。
驚きの表情を隠せないわたしに向かって、担当の女性は目の前で測り直すと、しっかりと「6.1センチ」であることを見せてくれた。
「・・・それ、ハサミの外側から測ってるから1ミリ長いんじゃないの?」
核心を突く指摘をするわたし。
そう、彼女は「ねじ部分の中央」からではなく、ねじ部分に相当する位置の「刃の峰」から刃先の中央までを測っていたのだ。
計測の始点が横にずれた分、1ミリの距離ができたということだ。
そしてわたしの指摘どおりに測り直したところ、なんと6ミリピッタリとなった。
(これ、銃の長さを測るときによくあるトラブルなんだよな)
銃所持者は毎年、銃の検査を受けなければならない。その際に銃の長さを測るのだが、銃先のどの部分にメジャーを当てるのかにより、場合によっては1センチ以上の誤差が出る。
そのため毎回、「ここじゃない」「いや、こっちかもしれない」と、警察官は四苦八苦しながら計測するのだ。
この経験からも、わたしは彼女の測り方に不備があると気がついたのである。
しかし、なんとなく不安に思ったのであろう彼女は、様子を見守っていた先輩に助けを求めた。
待ってました!とばかりに颯爽と現れた先輩は、ハサミを受け取ると再び計測を行った。
「ねじの中央から測ってね」
念を押すわたし。
するとその瞬間、周囲に人だかりができていることに気がついた。
――警察だ。
鋭い口調で計測方法を指示するわたしから、事件のニオイを察知した精鋭部隊は、すかさず犯人を包囲したのだ。
足元を見るフリをしながら、背後の人数を確認するわたし。
(1、2、…そして3人目が近づいてくる)
警察官だけでなく、空港警備員やJALの職員までもが集結する。
――なぁに、うろたえることはない。わたしのハサミは6センチであり、まったく問題ないのだから。
すがるような目で先輩を見つめるわたし。そして、厳しい眼差しで1ミリ単位の計測をする先輩。
(どうだ?どうなんだ?頼むぞ、先輩!!)
ふと顔を上げた先輩は、先ほどの彼女に向かってこう言った。
「うん、大丈夫。6センチジャストに収まってる」
おおおー!!!さすが先輩!!!頼りになる!!!
その声と同時に、精鋭部隊による包囲網は解除された。・・・それ見たことか!
*
こうしてわたしは、6センチジャストのハサミを受け取ると、堂々と機内へ向かったのである。
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