最近いいことがないわたしは、せめて食べ物で満たされよう・・と、通りがかりのパン屋で目に留まった「抹茶味のクロワッサン」を買うべく店内へと入った。
わたしはとにかく抹茶に目がない。あんこ(小豆)は大嫌いだが抹茶が好きすぎるため、その二つがセットになっていたとしても、あんこを剥がせる程度の"絡み具合"ならば躊躇なく購入するほど、抹茶を愛している。
そして今回の逸品は、パン生地と抹茶ペーストが交互に練り込まれた見事なコントラストのクロワッサン。言うまでもなく大勢の客が取り囲んでおり、店内イチの人気者である。さらに隣には、真っ赤なストライプが美しいクランベリー味のクロワッサンが並んでおり、いよいよクリスマスを予感させる最強コンビがお出迎えといったところか。
——それにしても人間界というのは、複雑で禍々しくて混沌としている。マイナスのオーラをまとった者と交われば、少なからずこちらもダメージを受けるわけで、カラ元気で乗り切ろうにも限度がある。「他人は他人で、わたしはわたし!」などと強気な発言をしたところで、所詮は社会に属する奴隷にすぎない。よって、否が応でも気持ちが廃れる日もあるわけで。
とはいえ、「それでも食べ物は裏切らない」という自信に近い確証を胸に、店の入り口に置いてあるトングとトレーを手に取ると、抹茶クロワッサンめがけて突進した。あわよくば、あの山ぜんぶ買い占めてやろうか——。
そして、どっさりと積み上げられたクロワッサンの山の一番上に君臨する、王たる存在をトングでつまもうとしたところ・・・
(ぴ、ぴ、ピスタチオ???)
なんとそれは、抹茶によく似たカラーリングの「ピスタチオ味のクロワッサン」だったのだ。ツンとすました表情で、あたかも「抹茶ですが、なにか?」と言わんばかりのオーラを放つピスタチオは、もはや詐欺師であり犯罪者である。このわたしがわざわざ足をとめ、抹茶への愛と忠誠を誓った矢先に、何食わぬ顔で堂々とのさばっているなど言語道断。
ピスタチオ野郎が載せられたトレーを、ちゃぶ台返しばりにひっくり返してやりたい衝動に駆られながら、わたしは肩で息をしつつ怒りを堪えた。
とにかくここ最近、リンドール(チョコ)といいハーゲンダッツ(アイス)といい、どいつもこいつも"抹茶詐欺"ばかり。こちとら「あ、抹茶だ!」と目をハートにして駆け寄ったところ、パッケージに描かれているのは「豆」の絵なわけで、その落胆というか裏切りは筆舌に尽くしがたい。それでもめげずに"お菓子で緑色・・といえば抹茶"という暗黙のルールを信じて、健気に駆け寄るわたしの純真さを弄ばないでもらいたい。
(・・あぁ、やっぱりいいことなんてないんだな)
まぁ、それはそれでいいだろう。どうせなら落ちるところまで落ちてしまえばいい。今が底辺ならば、あとは浮上するだけなのだから、そういう時期があって然り。
そう気を取り直したわたしは、今度はバナナが練り込まれたパンケーキにトングを伸ばした。これはどこをどう見てもバナナケーキであり、さすがに騙される余地はない。
こうして、フォカッチャやクイニーアマン、カスクートなどお気に入りのパンを買い漁ったわたしは、パン屋を出るとすぐさまバナナケーキが包まれた袋を破り、ガブっと齧りついた・・あぁ、口の中に広がるバナナの甘い香りとねっとりとした舌ざわり、そしてパンケーキならではの美味な風味が——。
(・・・イッテェ!!!)
咀嚼しようとしたその瞬間、舌の際に鋭い痛みが走った。そうだ!さっき、舌を思いっきり噛んだんだった——。
二度目の咀嚼を試みるも、あまりに大きなバナナケーキの欠片が、必然的に舌に触れることで噛み合わせを許さない。そして、感じる味覚はバナナの甘みではなく鉄くさい血の味・・という、最悪の事態に陥った。
(もう駄目だ・・食べることで救われてきたわたしの人生が、食べることすら許されなくなったのならば、明るい未来なんてあるはずもない)
こうしてわたしは、バナナケーキが唾液と血液でふやけて喉を通りすぎるのを、目に涙を浮かべながら待つのであった。あぁ、なんたる仕打ちよ——。
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