(この冷蔵庫が空になったら、マジでやめよう)
外は薄暗いどころかまだ真っ暗な午前4時過ぎ、キリキリと痛む心臓(?)を押さえながらわたしは誓うのであった。
*
箍(たが)が外れるという表現がピッタリなほど、食欲に関する脳の機能がバグったわたしは、とんでもない量の食べ物を体内へと詰め込んでいた。
しかも、空腹に耐えきれずつい食べすぎてしまった・・というわけではなく、目の前にある食べ物をすべて処理したい・・という欲求に駆られた結果、まるで底なしの胃袋を持つ鬼であるかのように、次から次へとこの世から食べ物を消していったのだ。
とはいえ、この現象はよくあることなので、いつもならば「あぁ、また暴飲暴食期がきたか」くらいにしか捉えないのだが、今回は違った。虫の知らせとでもいおうか、なんとなく「これは良くない」という自覚をしていたのだ。
(いや、常に「これは良くない」と思ってはいたが、今回に限っては特に「これはマズいことになる」という不穏な何かを察知したのだ)
そのきっかけは、心臓が痛くなったことだった。正確には肋間神経痛のようなもので、心臓というよりは肺もしくは胃のあたりに炎症が起きている感じ。
内臓系がやられた——ということは、間違いなく暴飲暴食の影響である。そりゃ当然だ、一度の食事でみかん20個に柿6個、米2合にベーコンを1ブロック、おまけに大量のクロワッサンやアップルパイに加えて、板チョコを何枚も食べるなど、どう考えても正気の沙汰ではない。
そんな後ろめたい事実がある故に、体調の変化に敏感になっていたわたしは、あるとき友人に向かって弱音を吐いた。
「食べすぎたせいで、心臓が痛いんだ」
すると友人は、
「大丈夫?! でも、食べすぎで心臓は痛くならないでしょ」
と、真っ当な返事をくれたのだ——言われてみれば、食べすぎが原因で心臓が痛くなることはないか。
そしてもう一つ、心臓と思われる箇所が傷む原因に心当たりがあった。それは、頸椎ヘルニアによる神経根症の影響だ。左腕が痺れたりピリピリ痛んだりすることで、肩甲骨周辺から脇腹や胸にかけて疼痛を覚えるわたしは、同じく頸椎ヘルニアを経験した友人に聞いてみた。
「うん、それは首の影響だと思うよ。とにかく色々な箇所に不具合が生じる。もちろん、メンタルに影響することもある」
そう言われて、内心ほっとしたのは言うまでもない。頸椎ヘルニアの影響ならば痛くて当然。そして、ヘルニアが戻れば神経痛も消えるわけで、それと同時に心臓の痛みもなくなる——ならば安心である。
「心臓が傷むのは頸椎ヘルニアの影響」と強く言い聞かせたわたしは、またもやとんでもない量のパンやケーキ、そしてチョコレートを買い込んだ。それは、誰がどう見ても”一週間分の量”であるにもかかわらず、たった一回の食事で食べ切ってしまうのだから、異常という以外に当てはまる言葉はない。
しかも、内容が偏っているのも問題である。大量の砂糖と小麦粉、バターのみを摂取しているわけで、こんな食べ方が体に悪影響を及ぼさないわけがない。
——そう、そんなことは自分でもよく分かっているのだ。分かっているにもかかわらず、白い悪魔の強大な魔力に操られたわたしは、暴飲暴食を続けてしまうのであった。
*
(い、痛い・・)
心臓の辺りに感じるキリキリとした痛みで目が覚めたわたしは、それが心臓ではなく胃であることを確信した。なぜなら、痛みのみならず吐き気を覚えたからだ。
とはいえ、最後に食べ物を口にしたのは3時間前。今さら胃に影響が出るとは考えにくい——やはり心臓なのか!?
ジッとしていても痛みが治まらないので、とりあえず起き上がって家の中をウロウロするわたしは、ふと視界に入った小さな冷蔵庫(ホテルに備え付けられているミニバー)に近寄ると、扉を開けて思った。
(まだシフォンケーキとスイートポテト、そして板チョコが残っている。だが、これを食べ切ったら絶対にやめよう・・暴飲暴食を)
心臓だか胃だか分からないが、いずれにせよこんな食生活が健全であるはずもない——要するに、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」なのである。
食べる量も種類もだが、とにかく極端な食べ方だけはしないということを、冷蔵庫の中身を睨みつけながら、そして心臓を押さえながら固く誓うのであった。




















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