完璧な射撃、いや、射撃は完璧な結果しか導かない

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射撃をしていて思うことは、

 

「私はいつだって、完璧な射撃をしている」

 

これに尽きる。

 

 

北関東を訪れたついでに、久々の射撃をした。

クレーという直径110ミリの皿を撃破するのが、クレー射撃。

 

なかでも、スキートが私の種目。

左右のタワーからクレーが飛び出してくるのを、25回撃ち続けることで1ラウンドが終了する。

それを5ラウンド(=125点満点)繰り返し順位を決める。

 

私はかれこれ3年、射撃をまともにやっていない。

久々の射撃にもかかわらず、いや、久々の射撃だからこそはっきりとわかったことがある。

 

――私は、完璧な射撃をしている

 

 

クレー射撃は「クレーが割れるか割れないか」の2択しかない。

割れれば1点、割れなければ0点。

非常にシンプルでわかりやすい競技だ。

 

誰もがクレーを割るために弾を装填し、トリガーを引き激発する。

しかし、なぜか百発百中とはいかない。

 

クレーが一部分でも欠ければ「割れた」となるので、ほんのちょっとでも散弾が当たればいいのだ。

 

にもかかわらず、ほんのちょっとも欠けないことがある。

しかも、そういうことがよく起きる。

 

ターゲットを割るために撃ってるのに、なぜ当たらないのだろうか。

 

 

一つは、集中力のつなぎ目がずれた場合

クレーが放出されるタイミングは一律ではない。

よって、クレーを撃ち落とすためには、常に集中した状態で放出口(クレーが出てくる穴)をにらむ必要がある。

 

しかしあまりに長い時間にらみ続けていると、集中力の持続が困難となるため、仕切り直すことになる。

 

不運にもその瞬間、クレーが飛び出てきてしまったときだ。

 

残念ながらこれは間に合わない。

「しまった!」

と思いながら狙い直しても、まず確実に外れる。

 

 

もう一つは、集中しすぎて身体が硬直してしまった場合

銃を構えたままクレーが放出されるのを今か今かと待つ間、足は地に根を張り、腕はダビデ像ばりに固まり、クレーが飛び出た瞬間、身体は岩のように不動の状態となっている。

 

「あ!!!」

脳は反応するも身体は置いてけぼり。

そして硬直から解放された頃は時すでに遅し。

銃をコントロールすることは不可能となる。

 

 

仮に銃ではなく指先でクレーを狙ったとすると、どんなに急にクレーが飛び出しても狙い損ねることはない。

なぜなら、指は自分の身体の一部だからだ。

指で指すように銃をコントロールできれば、それはいくらでも狙い直せるし、撃ち損ねることもないだろう。

 

しかし、なかなかこれができないから、射手は苦労する。

 

 

射手が立っているところからクレーが飛ぶところまでは、15メートルほど離れている。

そして散弾銃ゆえ、100粒ほどの鉛がクレーめがけてブワッと飛んでいく。

 

つまり、手元の数センチの誤差は15メートル先では数メートルの誤差になる。

 

一瞬のできごとだが、その一瞬のミスが結果を大きく左右する。

 

逆に、動き出しから狙いから銃コントロールから、意識的に正確に実行したとき、結果が悪いことなどありえない。

 

結果の良し悪しは、すべて必然的なものだから。

 

たまたま偶然クレーを撃ち損ねる、ということはありえない。

理由があるからクレーは割れないのだ。

 

 

――そう、私は完璧にミスをし、完璧に外しているのだ。

 

 

 

銃の激発音はデカいため、必ず耳栓をする。

私の耳栓は私の耳のカタチに合わせて作られた、完全フィットのイヤープラグだ。

 

激発音ほどのデカい音から耳を保護するため、耳栓をしていると静寂が訪れる。

 

ふと、頭上で人の気配を感じた。

顔を上げると、目の前にドクターペッパーがぶら下がってた。

 

「はい、どーぞ」

クレー射撃日本代表の有村が、テーブルにうつ伏せて寝ていた私に、ドクターペッパーを突きつけた。

 

眠い目をこすりながら耳栓を外し、ドクターペッパーでのどを潤す。

 

ー―よし、もう1ラウンド撃ってこよう

 

 

クレーを割るも割らぬも私の実力だ。

どんな結果となろうが、それは完璧な実力による完璧な結果。

それ以外に思うこと、感じることなど何もないのだ。

 

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