「はやぶさ2」が6年ぶりに帰還した。
52億キロという果てしない距離を旅した「はやぶさ2」、プロジェクトに携わった人々はそれは大きな歓喜を感じただろう。
表立っては見えない、しかし非常に重要な役割を果たすのが、「はやぶさ2」の機体を支える数々のパーツや部品。
それらの多くは日本が誇る町工場の熱意と挑戦でできている。
「はやぶさ2」本体に取り付ける機器を留めるための特殊ねじを作った町工場の職人らは、どのような思いでリュウグウ着地の瞬間を迎えたのだろうか。
リュウグウの表面サンプルを採取したカプセルの、カプセル分離の際に必要な伸展式のバネを結合する部品を提供した製作所の職人らは、次のチャレンジで何を目指すのだろうか。
そんなことを考えながら、秒速12キロのスピードで大気圏に突入するカプセルの火球を見守った。
見守りながら、ある社長の怒鳴り声を思い出した。
「スイッチにも寿命があるんだよっっ!!」
何度もスイッチを切り替えては遊ぶ従業員に、烈火の如く社長が怒った。
ーースイッチにも寿命がある??
そのセリフを聞いた時点では、にわかに意味が理解できなかった。
しかしその後、社長の説明を聞き納得した。
普段なにげなく押しているスイッチ。
私たちの一生のうち、あのスイッチが壊れる経験をした人はどのくらいいるだろうか。
照明のオンオフ、玄関のチャイム、機械の電源、さまざまなスイッチが日常生活に潜んでいる。
そしてすべてがすべてではないが、スイッチの内部にはバネが使われている。
いわゆる板バネやコイルバネだが、それらがスイッチの切り替えを補助する。
バネの寿命は無限ではない。
職人でもある社長はそう言いたかったのだ。
そして私はこの言葉に衝撃を受けた。
必要に応じてオンオフをくり返す機械であるスイッチに、寿命という概念があるとは考えてもみなかった。
そもそもスイッチというパーツに「命」という言葉を重ねること自体、私には想像もできない。
しかし職業柄、スイッチと常に寄り添う職人からすれば、相棒に寿命があることを強く感じるのだろう。
社長の逆鱗に触れた従業員は、暇なときにスイッチを連打する癖がある。
たしかに、子どもが面白半分でカチャカチャやるイメージはある。
そこに必要性や意味などなく、単にカチャカチャ鳴る音も面白いし、押すことにより何かが切り替わるのも面白いのだろう。
つまりスイッチというものは、人間の好奇心をくすぐる性質を持つ。
これまで社長は「スイッチ無駄押し現場」を発見するたびに、そのスイッチは特殊なバネを使っているから無駄に押さないよう注意を促してきた。
だが従業員はスイッチの魅力に取り憑かれていたため、社長の目を盗んでは連打しまくっていた。
そしてとうとう、大目玉を食らったわけだ。
*
機械や部品の身になると、寿命というものがみえてくる。
もちろん、寿命がきたら部品を交換することでその命は繋がるのだが、特殊な部品だと入手が困難なため交換ができない場合もある。
私の愛車は、スカイラインHR30という1982年製の古い車だ。
それゆえ、部品が手に入らない。
手に入らないなりの入社方法としては、ネットオークションやパーツ専門店から購入する。
そして純正品ではない純正社外品やチューニングパーツメーカーが作るアフターパーツ、さらには中古品をオーバーホールしたリビルト部品などを探し、必要に応じて修理やチューニングに充てる。
なにもカッコよくすることが目的ではない。
古い車ゆえ、これらのアフターパーツでコンディションを整え、より快適に長生きしてもらうための必要作業なのだ。
さらに、普段の運転や保管にもひどく気を使う。
運転中は各種メーターから目が離せない。
水温、油温、油圧、回転数。
スピードメーターなど見る必要もないほど、車内部のチェックが欠かせない。
駐車場はセコム付きのガレージ。
雨風盗っ人から車を守り、いつまでも大切に乗り続けたい一台なのだ。
そう考えると、社長の名言にも納得できる。
機械や部品にも寿命はある。
ーーあれ以来私は、無駄にスイッチをカチャカチャしなくなった
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