ヒダリー(寄生獣)

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「・・・・・・・」

 

ーーやばい、何も浮かんでこない。

 

 

わたしは今、音声入力による原稿作成に挑戦している。

 

これを思い立った一番の理由は、

「飯を食いながら原稿が書けたら、一石二鳥だ」

というズボラな発想からだ。

 

これまでも変わった取り組みに挑戦してきた。

たとえば3,000字のボリュームの原稿を、パソコンを使わずにスマホだけで仕上げてみたり。

 

ただこれは、小さな画面でフリック入力を繰り返すため腱鞘炎になる恐れがある。

よって、あまりお勧めはしない。

 

しかしスマホを使った原稿作成ができれば、場所やシチュエーションを問わず仕事ができる。

寝転びながらでも、お菓子を食べながらでも、仕事ができるーー。

 

そんな夢を捨てきれないわたしは、なんとか理想的な手段を編み出そうと粘った。

そしてたどり着いたのが音声入力であり、なおかつ、両手が塞がった状態でも文章が書けるとなれば時短どころの話ではない。

 

この考えは間違いなく正しい。

だがどうしたことか、文字が一つも出てこない。

いざマイクをオンにしても、発する言葉が一言も思いつかないのだ。

 

ーーいや。言葉が出ないのではなく、書くことが何も浮かばないんだ。

 

これはおかしい。

わたしは毎日どうやって、文章を作り上げてきたというのか。

 

ーーわからない。

 

ただ一つ言えることは、いつも「指が勝手に動いていた」ということ。

頭には何一つ浮かんでいなくても、キーボードに指を乗せているだけで、そのうち勝手に指が動くのだ。

 

「そんな都合のいい話、あるはずがない!」

 

たしかにそう思われても仕方ない。

だがそんな都合のいい話が、毎晩わたしに起こる現象だったのだ。

 

 

ピアノのレッスンがあった。

相変わらず進歩のないわたしだが、先生が非スパルタのため、ぬるま湯につかり甘やかされながら続けている。

 

ピアノを再開してからずっと、改善されない悩みがある。それは、

「左手の薬指、中指、人差し指の動きが鈍い」

ということだ。

 

これは柔術も影響しているように思う。だが、だからといって悲観的になったこともないし、柔術が悪いと思ったこともない。

要するに、仕方のないことなのだ。

 

先生はわたしに、幼稚園児や小学生がピアノを弾く前に行う「指の運動」というのをやらせる。

バカにするな!と言いたいところだが、確かにそれは難しく、幼稚園児を笑うことができない。

それでも何とか「指の運動」ができるようになり、少しはまともに弾けるかな、と期待もしたが、現実はそんなに甘くはない。

 

ドレミファソラシド、いわゆる「音階」を弾くとき、わたしの左手は毎度ずっこける。

 

通常の音階がまともに弾けないので、あえて3連符にしたり、付点やシンコペーションにしたりとアレンジを加える。

こうして、最終的にきれいな音階を実現するために、様々なバリエーションでの練習(トレーニング)を続けた。

 

だがどうしても、左手の人差し指が言うことを聞かない。

 

いっそのこと、ちゃちゃっとごまかして弾いてしまおう!と考えたこともあるが、ごまかして弾けるほどの技術がない。

技術がないと言うより、それをやってのけるだけのフィジカル=指がないのだ。

 

仕方なく毎日同じことを繰り返し、

「いつか弾けるようになるかもしれない」

という淡い期待を抱きながら、練習に励んだ。

 

だが「淡い期待」というものは所詮「淡い」わけで、期待に沿うことなどまずない。

そんな不憫な左手に愛想を尽かしかけた頃、先生が面白いことを言った。

 

「ちょっとその音階、右手で弾いてみて

 

言われた通り右手で音階を弾く。もちろん、すんなり弾ける。

 

「じゃあ今度、左手で弾いてみて」

 

躓きそうなデコボコの音階になる。これぞ恐るべし寄生獣、「ミギー」ならぬ「ヒダリー」の実力だ。

 

「じゃあ左と右を交互に弾いてみて」

 

ガタガタな左手とスムーズな右手を交互に弾く。明らかに左右差が出る。

 

「右手と同じように左手も弾いて。目をつむって聞いたら、どちらの手で弾いてるか分からないように」

 

(そんなことできたら苦労しないよ!!)

と内心キレつつも、わたしは必死に右手を真似て左手で弾いた。

 

同じ身体から生えてる指なのに、なぜこうも違うんだ?マジで寄生獣なのか?

ーーいや、今はごちゃごちゃ考えるべきではない。とにかくミギーとヒダリーを一体化させるんだ。

 

十回ほど繰り返したころ、右手と同じように左手で弾くことができた。すると先生が、

 

「そうね、そういう感じで弾いてちょうだい」

 

と冷めた表情で言う。だが次の瞬間、

 

「あ、それはだめね。右手と同じに弾いてくれなきゃ」

 

ちょっと気を緩めると、すぐにヒダリーが悪さをする。ただ「真似をする」ということが、こんなにも難しい作業だとは思わなかった。

 

右手がしたことを左手もすれば良い。そんなこと、幼稚園児でもできる。それがなぜできない!

あぁ、余計なことを考えるな!とにかく右手と同じことをしろーー。

何度も何度も繰り返すうちに、さっきよりはマシな、なめらかな音階を左手でも弾けるようになった。

 

思えばこの数ヶ月、言うことを聞かないヒダリーのために様々な方法でトレーニングを積んできた。

それが今、すべて無駄だったと証明されたのだ。

 

(ていうか、右手の真似をすればよかっただけなのか・・・)

 

 

わたしは頭が良い方ではないので、脳で考えたことを指先に伝えるのが苦手なのだろう。

つまり技術的な指導をされても、それをアウトプットするのが下手なのだ。

 

もしかすると、パソコンのキーボードを叩くときもピアノの鍵盤を叩くときも、指だけが独立する「怪奇現象」が起きているのかもしれない。

 

頭で考えて手足を動かせるということは、実は非常に高度なテクニックを要する。とくにわたしのような単細胞は、どちらかと言うと無意識に、勝手に手足が動いてしまうのだ。

ということでピアノに関して。

 

まずはシンプルに真似をすること。

 

真似さえできればそれこそが正解だ。

どんな運指であれどんな弾き方であれ、完璧に真似できたならばそれがその人の弾き方といえる。

 

どんなウンチクよりも、まずは正解に触れること。

 

これこそが道を切り開くアイテムとなるだろう。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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