「使えない人間」を炙り出す最強の現場

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「ちょっと手伝ってもらいたいことが」

昨夜、一通のメールが届く。

 

ガラス工芸を営む顧問先は、主にステンドグラスを専門とする小さな会社。そして今回の作業は、都内某所の邸宅にどデカいデザインガラスをはめる仕事らしい。

 

ーー力仕事か!

 

わたしは俄然やる気で現場へと向かった。

 

 

建築現場というのは、人間の能力を炙り出すのに持ってこいの場所と言える。

なぜなら、使えない人間は確実に見抜かれるからだ。

しかも現場のキャリアに関係なく、一発でバレるから恐ろしい。

 

「ドカタなんてやったことないから、できなくて当然だ」

そう考える人は多いだろう。だが違う。

 

例えば「荷物を見張っていてくれ」と言われたとしよう。

たったそれだけの任務で、その人が使える人間かどうかが一目瞭然となる。

 

それはなぜか。

 

 

家を建てるのに「大工がいれば建つ」と思っている大人は、さすがにいないだろう。

しかし予想以上に様々な業種のスタッフが集まり、入れ替わり立ち替わりで作業を進めることは、現場に携わらなければ知り得ないのも事実。

 

例えば今回の「デカい窓ガラスをはめ込む作業」に、どれほどの作業員が必要だったか想像できるだろうか。

男6人プラスわたしの、合計7人だ。

あくまではめ込み作業に関わった人数であり、他にもガラス運搬業者、ガラスの依頼をしたメーカー担当者なども現場に集った。

 

ところでなぜ、窓ガラス数枚をはめる作業に7人もの人手が必要だったのだろうか。

 

現場慣れしている友人をヘルプで呼ぼうとしたところ、

「ガラス吸盤、使わないの?」

と聞かれた。その時はなんとも返事ができなかったが、実際に現場を見て初めて分かった。

ーーそんなもの、使えるはずもない。

 

はめ込むガラスは高級品で、デザイン加工がされている。それをはめる場所は、吹き抜けとなっている2階から3階に設置された窓。

 

そしてこの「特大高級ガラス」を3階の足場へと渡すのだが、わずか20センチほどの極めて狭い空間での作業となる。

壁と足場の20センチのすき間から、重さ50キロのガラスを3人で持ち上げる。絶対に、ぶつけたり傷つけてはならないため、かなりの緊張と集中を要する。

(もし傷つけたら、次にはめ込むのは2か月後となる)

 

そして2階の足場から手を伸ばし、下から持ち上げているガラスを慎重に掴んで引き上げる。同じ要領で3階の足場へと繋ぐ。

そして最後に3階のスタッフが、窓枠へとガラスをはめ込んで完成。

 

つまりこの作業、ガラス吸盤など使える場面はないのだ。

 

さらに、現場で作業するのは我々だけではない。

漆喰を塗る左官、エレベーターを設置する業者、階段や踊り場を作る大工などなど、異なる仕事を請け負う大勢のスタッフで賑わっている。

 

要するに、ガラスをはめ込むので作業を中断してください、ということはできないのだ。

 

仮にこのリクエストが可能ならば、足場を組み替え、安全かつ効率的にガラスを持ち上げることができる。そうなれば7人ものスタッフは必要ない。

 

だが、現場は常に動いている。

それぞれが担当する作業を進めつつ、お互いの邪魔にならないよう気を配りながら、最速で仕事を完成させるーー。

 

これが建築現場で起きている「当然の現象」なのだ。

 

 

「使えない人間が炙り出される」の話に戻ろう。

 

現場スタッフでごった返す敷地内で、

「荷物を見張っててくれ」

と言われた時、ただ荷物の前に座って見張る人間は、確実に使えない。

他の作業スタッフらが右往左往する中で「地面に座る」など、邪魔でしかないからだ。

 

さらに荷物の場所や大きさにもよるが、通路近くであれば端へ寄せるとか、その場を動けないならば人が通る時は隅っこへ避けるとか、作業スタッフが行き来しやすい環境づくりに配慮できる人間は、オフィスワークをさせても間違いなく「デキる」。

 

また、床に落ちている梱包材や段ボールなど、通行の邪魔になりそうなゴミをまとめるのもアリだろう。

 

もちろん、立場をわきまえるのは当然のこと。素人が余計な行動をとれば、現場を混乱させるのは目に見えている。

だからこそ「空気が読める」という、判断能力が求められるのだ。

 

文字で並べるのは簡単だが、実際にその場で考え、空気を読みながら行動できる人は、確実に「使える人間」だと断言できる。

 

逆に、通路の真ん中に突っ立って搬入の邪魔をしたり、休憩ばかりでサボろうとする人間は目立つ。

 

ーーあの人、使えないわ。

素人のわたしから見ても一目瞭然だった。

 

 

オフィスワークは、仕事をしているかどうかの判断が難しい。進捗状況が目に見えて確認できない分、真剣な顔つきでパソコンに向かっていれば「仕事をしている」とみなされるからだ。

 

だが現場は違う。ただ立っているだけでも、その人の技量や性格がにじみ出る。

 

手持ち無沙汰になった一人の作業スタッフが、他の職人らの靴を揃えているのが見えた。

誰に指示されたわけでもないが、靴が散乱しているより整然と並んでいる方が、当然ながら履きやすいしスムーズに次の行動へ移れる。

 

ーーわたしなら、こういう人を採用するな。

 

履歴書や職務経歴書には載らない「人間性」というものを、ハッキリと感じる瞬間だった。

 

有意義に動いてこそ、使える人間だ。

 

 

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