ーーこうなると、正義って一体なんだろう。
警察からの電話を切ると、わたしは怒りというより呆れた。
調査を実施するにあたり、所定の方法で行った結果、警察側の目的は果たされた。
だが、関係者にもたらした恐怖や不信感については、調査とは無関係だからどうでもいいのだろうか。
*
銃所持者は3年に一度、銃の更新を行う必要がある。そのため、用意すべき書類や診断書の取得、座学の講習会や実技による技能講習などをクリアしなければならない。
そして最後に「周辺調査」と呼ばれる聞き取り調査が行われる。
周辺調査は、
「(中略)近隣居住者・家主等、勤務先・取引関係者、狩猟・射撃仲間、縁故者・友人等の中から調査先として適当な者を指名させた上、これらの者の中から調査を実施するが、(後略)」
となっている(銃砲刀剣類の所持許可に関する各種調査の実施要項について(通達)、以下「通達」という。より)。
そして、
「周辺調査の実施に当たっては、調査を実効あるものとするため、特に支障がある場合を除き、原則として、申請者以外の者に対して申請者が銃砲刀剣類の所持許可の申請を行っていることを告げた上で実施すること。」
と示されている(通達より)。
友人や職場の同僚、親や家族のように、直接関わりのある人ならば周辺調査の目的を説明し、対応してもらえばいい。
わたしも実際に、そうやって何度も更新をしてきているのだから、この部分については異論も反論もない。
だが近隣居住者や家主など、会ったこともなければ存在すら知らない。
マンションのエレベーターで居住者と一緒になることはあるが、それが何号室の誰さんかなど、知る由もない。
そしてこれまでは、警察官がマンションを訪問し、応答のあった近隣居住者への聴取を行っていた。
だが平日の昼間など、仕事へ出かけている人がほとんどで、過去にマンションの居住者が在宅していたことはない。
ところが今回はコロナ禍の配慮から、近隣居住者へ「警察に電話をください」と書かれた短冊状の紙片を投函し、電話での調査に変わったのだ。
この調査方法が事件を巻き起こした。
*
朝、銃砲担当から受電。
「どういう経緯かわかりませんが、管理会社から電話があり、マンションで火薬類の保管は認められていませんと言われました」
ーーやってくれたな。
経緯が分からないはずはないだろう。周辺調査の影響に決まっている。
ポストへ投函した「電話連絡をください」の紙片に従い、警察署へ電話をかけた居住者が、
「お宅のマンションに銃所持者が住んでおり、更新手続きに必要な調査として聞き取りをしています」
と前置きされた上で、
「マンション内で夜中に口論など、何かトラブルはありませんか?」
などと質問されたら、居住者はどう思うだろうか。ましてや入居間もない一人暮らしの女性だったりしたら。
電話調査の後、その居住者はマンション管理会社へ連絡し、管理会社が警察署へ通報したのだ。
わたしはすぐさま管理会社へ電話をかけ、事情を説明する。
「そういうことでしたか、上司とも相談しますのでお時間ください。ただ、その居住者の方が、本日弊社を訪れることになっています」
ーー最悪だ。
調査対象となった居住者は、管理会社へ電話連絡しただけでは足りず、直接話をするために訪問するのだそう。
不安になるのもやむを得ない。
一般人にとって「銃」や「火薬」というワードは日常生活とは縁遠いもので、どちらかというと悪いイメージ。
そこへきて突然、穏やかでない内容の紙片が投函され、警察署へ電話をかけたところで「銃所持者が問題人物じゃないかの確認」だったりすれば、それは恐怖と不信感しかないだろう。
もしこれで、誤解されたままSNSで拡散でもされたらどうするのだ。
もしこれで、銃を持った問題人物の住むマンションなど怖くて住めないから引っ越す、となれば誰が責任をとるのだ。
それに対して警察は、
「規則に従って調査をしているので、正しい対応です」
と断言する。
担当警察官は「周辺調査」として正しい対応をしたのだろう。
だがその結果、関与した人を不安と誤解の渦に巻き込み、わたしや近隣居住者の人生を翻弄しかけていることに、誤りはないのか。
「正義」とは、人として行うべき正しい道義を指す。
今回の調査について、「人として行うべき」という点における配慮は、十分だったと言えるのだろうか。
*
「(中略)調査に当たっては、調査の趣旨を明確に告げ、無用な誤解やトラブルを起こさないよう注意する。ただし、調査理由を明らかにすることにより、猟銃等が盗難被害に遭うなど、問題が生じるおそれがあると認められる場合はこの限りではない。」(通達より)
猟銃が盗難被害に遭うことよりも、銃を所持する一人暮らしの女性がそこに住んでいることや、見ず知らずの居住者が猟銃を所持しているという事実を知らされることの方が、「問題」を生じさせていないだろうか。
近隣住民とのトラブルの有無を調査をすることで、かえって、近隣住民とのトラブルを導く結果となってはいないだろうか。
「誤解させるようなやり方なら、正しくない、ということになるんじゃないか?」
弁護士の友人が言う。
「そもそも個人情報を開示する以上、必要性と許容性が必要なわけで」
確かにその通りだ。
今回の騒動の結果、わたしは問題を起こす面倒な人間だと、マンションのオーナーや管理会社から目を付けられる。
調査に協力してくれた居住者は、不安と恐怖を抱えたまま転居する。
ーーこれが最悪のシナリオ。
わたしが一体、何をしたと言うのだ。
罪を犯したわけでもないのに、警察の聴取方法が「正しすぎる」あまり、不審人物としてのレッテルを貼られるとは、あまりに理不尽ではないか。
これが「正義」なのか?
これが「真実」なのか?
納得できない。
このような情報の拡散を行うと著しく盗難のリスクを警察自らが高める結果になっていると強く感じました、規則と称して一般市民を危険に晒す警察の対応に断固反対したいと思います。