今もなお、オグリキャップ

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先日、手伝いで入った建築現場で、懐かしい「馬の名前」を耳にした。

 

時代の流れを感じるとともに、当時小学生の自分を思い出した。目の見えない父に代わり、馬体重や調教タイムを読み上げる役を務めていたのだ。

 

 

オフィスワーク(デスクワーク)の場合、「私語は慎むよう」指導される。

文字入力したり、数字を計算したりする際、「会話」はミスを誘発する。そして口が動いている間は手が止まりがちでもある。

 

最近では、イヤフォンで音楽を聴きながら作業をする人も増えた。また場所もデスクに限定されることなく、気楽に選べる職場も現れている。

 

私語=サボっているという固定観念(ある種の事実)から、シーンとした状態がデフォルトと化した職場環境。

その結果、電話で話す声だけが響く、静かなオフィスが誕生した。

ーー取引先と同僚との会話に聞き耳を立てるくらいなら、さほど集中していない証拠とも言えるが。

 

その点、建築現場はにぎやかだ。

インパクトドライバーや電動ノコギリの使用音に加えて、床に敷かれたベニヤ板を歩く音など、あらゆる雑音の中で作業をする。

 

そんな殺伐とした男社会の現場で、心和む会話が聞こえてきた。

 

「じゃあさ、タマモクロスとかオグリキャップ知らないのか?」

「あー、名前は知ってますよ。ゲームやってたんで」

「そっちかぁ。俺はウイニングチケットとかちょうど世代なんだよ」

 

親方と見習いの若者との間で交わされる、競走馬の話だ。

 

競馬好きの親方が、当時の競走馬について熱く語っている。

それに対して競馬にあまり興味のない若者は、ダービースタリオンやウイニングポスト、最近人気の「ウマ娘」などを通じて過去の名馬を知ったのだそう。

 

競馬の話となると、競走馬自身もさることながら、ジョッキー(騎手)の話題が付き物。

だがウマ娘はジョッキー不在のため、若者はジョッキーの会話にはついていけなかった。

(代わりにわたしが会話に割り込みたかった)

 

しかしコミュニケーションツールとして、たしかに「競馬」の話は使える。もちろん、若者が競馬を全く知らなければ続かない会話だが、「オグリキャップ」とか「ハルウララ」などは聞いたことくらいあるだろう。

 

さらにサラブレッドは血統のドラマがある。

たとえば会話に出てきた「タマモクロス」は、芦毛(あしげ)と飛ばれるグレーの毛色をしている。父親のシービークロスも同じく芦毛で、ニックネームは「白い稲妻」だった。

そしてタマモクロスの子どもたちも重賞(グレードレース)で活躍を見せた。マイソールサウンド、タマモサポート、カネツクロスなどが有名か。

 

サラブレッドの語源は「スルー(徹底的に)」+「ブレッド(品種)」を組み合わせた言葉で、”良血の馬に最高のトレーニングを積ませ、徹底的に品種改良された競走馬”を意味する。

そのため、競走馬の親をたどると世代を超えた会話が可能となる。

 

だが競馬を楽しむ人間にとっては、やはりジョッキー(騎手)が重要なポイントとなる。

騎乗が誰かによって勝ち負けが決まるシーンもあり、そこも含めて競馬の面白さ、奥深さと言えるからだ。

 

たとえば「オグリキャップ」などは多くのジョッキーが騎乗してきた。

オグリのデビューは1987年、地方競馬である笠松競馬場。そこでオグリは「アンカツ」と出会う。地方競馬を変えた男・安藤勝己(アンカツ)騎手とのコンビで7戦7勝、一躍有名となる。

1988年にオグリがJRA(中央競馬)へ移籍し、河内洋騎手が鞍上(あんじょう)を務める。

移籍後初の有馬記念では、たった一回きりの騎乗となる名手・岡部幸雄とのコンビで見事優勝し、G1初勝利を飾る。

その後は南井克己騎手とのコンビが続き、常に一着争いに絡む活躍を見せた。

 

そして忘れられない立役者と言えば、天才・武豊。

 

晩年となる1989年の有馬記念で、オグリキャップ(鞍上は南井騎手)は5着に敗れる。

そして次戦の1990年安田記念、初コンビの武豊騎手で勝利。しかしその後のG1を他のジョッキーが騎乗するも惨敗し、引退がささやかれた。

 

そんなオグリのラストランとなる1990年有馬記念。再び武豊を背に乗せた「芦毛の怪物」が中山競馬場に現れる。

 

有馬記念直前のジャパンカップで11着と大敗。

「これ以上オグリが負ける姿を見たくない」という抗議の電話や手紙が届くなど、ピークを過ぎたオグリを嘆く声が広がった。

 

だが圧倒的なファンの支持を得るオグリは、ファン投票1位で有馬記念への出走が決まる。鞍上は言うまでもなく、武豊騎手。

 

レース本番いくつかのハプニングはあったものの、最後は堂々と先頭をキープしたままゴール。

公平な立場が原則の実況解説者がオグリを応援していたことや、競馬の神様・大川慶次郎氏が「ライアン!ライアン!」と叫ぶ声がマイクで拾われたため、「(2着に敗れた)メジロライアンの馬券を大量に買っていたのではないか」という憶測を呼ぶなど、着順以外でも人間味の溢れる歴史的なレースとなった。

 

そして17万人の「オグリコール」に包まれながら、オグリキャップは引退した。

 

アンカツや武豊という天才らの導きもあっただろうが、地方出身かつ名家の出ではない一頭の芦毛が、ここまで社会を動かし人間から愛された事実は感慨深い。

 

そんな浪漫が競馬にはあり、そのドラマは現在も続いているのだ。

 

 

親方と見習いの若者は、親子ほどの年の差がある。だが競馬を通じて親方が若かった頃の思い出を聞くことは、見習いの若者にとっても無駄ではないはず。

危険を伴う現場作業だからこそ、お互いが近づく努力=コミュニケーションは重要となるからだ。

 

それにしても、オグリキャップやウイニングチケットの話をする親方は、本当に嬉しそうな顔をしている。

 

そんな眩しい横顔をこっそり眺めながら、わたしは高級ガラスをしっかりと見張った。

 

 

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