鬼灯の冷徹という八つめの大罪

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わたしはバカなのかもしれない。いや、バカなのだ。

二週間前、右膝の半月板と内側靭帯を負傷したわたしは、歩くこともままならず不便で不自由な生活を強いられた。道を歩けば通行人に迷惑をかけ、階段を降りるには手すりが必須。こんなことなら、家から一歩も出ないほうがマシである。

(そうだ、こんな時こそ仕事に没頭しよう)

わたしは社会人である。仕事などやろうと思えばいくらでも湧いて出る。どうせ室内でじっとしているのだから体力も有り余っているわけで、徹夜で仕事に没頭しようじゃないか!

 

デスクワークのお供といえば、音楽だろう。静かすぎる環境というのは、ちょっとした物音でも気になるもの。かといって騒がしいのも集中力が続かない。

つまり、カフェで流れているような洒落たジャズやヒーリングミュージック、あるいはホワイトノイズのようなBGMをかけることで、タイピングの指もさらなる快音を響かせることだろう――。

そう考えたわたしは、アレクサに搭載されているネットフリックスを呼び出した。じつは友人からお勧めのBGM…もとい、お勧めのアニメを仕入れていたのだ。

(・・よし、これで優に二週間はつぶせる)

 

この辺りで薄々気が付いた人も多いだろうが、アニメが仕事のBGMになるはずもない。そんなことは小学生でも分かるわけで、わたしだって本気でそう思ったわけではない。

だが、あわよくばアニメをチラ見しながら、ちゃっちゃと仕事をさばけたら一石二鳥じゃないか――。

そんな非現実的な妄想に、いつの間にか憑りつかれたのである。

 

さらに失敗したのは、オススメアニメを尋ねた友人の選び方だ。今さらだが、アニメヲタクを舐めてはいけない。わたしのようなアニメ初心者にとっては、「五条悟がぁー」とか「マキマさんがぁー」という程度の語彙力しかないが、アニヲタにとったら呪術廻戦もチェンソーマンも、準備運動にすらならない。

 

過去にその友人から紹介されたアニメで、わたしは痛い思いをしている。その名は「東京喰種(トーキョーグール)」。あんなもの、片手間に見るものではない。背筋を伸ばして画面と向き合いながら、じっくりと鑑賞するものである。

にもかかわらず、ついついアレクサを通じて東京喰種を流してしまったばっかりに、わたしはパソコンに指を載せたまま、そして首を右へ向けたまま何時間も過ごしてしまったのだ。

(な、なにがBGMだ・・・こんなの、拷問じゃないか!!!)

そう、窓を覆うブラインドの隙間からは朝日が差し込んでいた。普通の夜から深夜を過ぎ、明け方を通り越して普通の朝を迎えていたのである。なんならもう少しで昼である。

 

あの大失態を受けて、わたしはアニヲタの友人に一つ注文をつけた。

「くだらない系で頼む」

すると、ニヤリと笑った彼女はいくつかのアニメを挙げはじめた。

「鬼灯の冷徹(ほおずきのれいてつ)、吸血鬼すぐ死ぬ、銀魂、この素晴らしい世界に祝福を、転生したらスライムだった件、ピーター・グリルと賢者の時間」

他にもいくつか挙げてくれたが、まったく覚えられなかった。そして最後に一言、

「七つの大罪も、面白いよ」

と告げると、彼女は消えたのである。人間というのは、最後に聞いた言葉が耳に残るもの。七つの大罪ってやつから、見てみるか――。

 

これがとんでもない「大罪」となった。なんと、東京喰種以上の超大作で、三日三晩寝る間も惜しんで見続けてしまったのだ。

しかも不運なことに、ソファに座ったり寝たりしているだけの三日間のため、体力だけは有り余っている。つまり寝なくても元気なのだ。むしろ漲る体力を消耗させない限り、とてもじゃないが眠れないわけで。

 

こうしてわたしは、超大作「七つの大罪」を制覇したのである。

 

 

しまった。これは威張ることではない。いったい何をしているのだ、わたしは――。

 

もう絶対にミスを犯さないためにも、友人推奨のアニメを冒頭だけ漁り、中でもくだらないものをBGMとして垂れ流すことにした。

まずは鬼灯の冷徹(ほおずきのれいてつ)とやらにしよう。名前からいってふざけたアニメに違いない。

 

・・・お分かりいただけただろうか。鬼灯の冷徹はギャグアニメだが、正直おもしろい。一話見たら次のアニメを探ろうなどと、浅はかな考えで鬼灯に触れたわたしが悪い。

こうしてわたしは四日目の朝を迎えたのである。いや、正確には四日目の夕方だった。

 

そんなこんなで、一般人の倍の速度で半月板と内側靭帯の修復が進んだわたしは、今日、階段を降りることに成功した。じつに二週間ぶりの階段である。手すりにつかまることこともなく、ゆっくりと一歩ずつ階段を踏みしめたのだ。

(これで、アニメ地獄から抜け出せる・・・)

果たしてこの安堵は、一時のものとなるのか否か。

 

サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)

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