ヒトには本能的に備わった防衛反応がある。それは誰に教わるわけでもなく、生まれながらに身についているもので、たとえば集合体恐怖症(トライポフォビア)のように、ハチの巣やフジツボ、または群がった小さな虫など「小さな穴や斑点が密集しているもの」を見た際に、強い嫌悪感や鳥肌が立つ・・といった心理反応がそれに当たる。
なぜこのような反応が起きるのかというと、それらの模様が「毒や病気」といったヒトへのリスクや脅威を想起させるからだ。たとえば、毒蛇や毒蛙の背中の模様や、感染症による皮膚の斑点などを見てゾワッとなるのは、それらの模様・・すなわち小さな穴や斑点が密集しているからに他ならない。
このように、生存確率を上げるべく獲得した原始的な反応は、多かれ少なかれヒトの安全を守るために役立っているのだ。
そして今、わたしは眉をひそめつつ脳内が痒くなる感覚に耐えている。なんだこの虫唾が走る感覚は——こいつを見ていると、イライラを通り越して敵意が湧いてくる。
その正体とは、ジャガイモの芽である。発芽して間もない紫色の小さなトゲトゲが、精一杯わたしを威嚇しているのだ。とはいえ、所詮は虚勢を張った幼い子ども。指で軽く抉(えぐ)ればポロっと取れてしまうほど、他愛もない存在ではある。
だが、なんだこのキモチワルイ形状は!!ジャガイモにできた小さなくぼみから、強引に顔を出した紫色を帯びたトゲトゲは、そこからさらに分化して複数の茎を伸ばそうとしている——そう、まるで八岐大蛇(ヤマタノオロチ)のように複数の頭を持つ化け物が、わたしに向かって牙を剥き殺意をあらわにしているかのごとく・・。
調理器具が存在しない我が家において、この化け物を退治するには己の指とツメを使うしかない——なに、心配は要らない。これまでもずっと、ジャガイモの芽は指でキッチリ取り除いてきたし、場合によってはジャガイモ本体まで抉(えぐ)って毒を排除してきたのだから。
ジャガイモの芽や緑色に変色した皮には、ソラニンやチャコニンといった天然毒素が含まれており、一定量以上を摂取すると下痢や腹痛、嘔吐といった症状が現れる。最悪の場合は死亡する恐れもあるが、成人の致死量は芽のみで250グラムなので、それだけの量のジャガイモの芽を知らずに食べる・・というのは、さすがに考えにくい。
ちなみに、ソラニンやチャコニンに対して加熱処理は意味がないため、発芽したジャガイモを食べる際にはそれらを除去する必要があり、芽の周辺も余分にくり抜いておくと安心。
そんなわけで、静かな苛立ちと憎悪に見舞われたわたしは、両手の親指と人差し指を駆使してジャガイモの芽の排除に取り掛かった。相手は無防備かつ無抵抗なので、さほど大変な作業ではない。だが、ジャガイモの形状によっては指が入りにくかったり、深部まで変色していたりするため、一筋縄ではいかなかった。
(クソッ・・さっきツメを短く整えたばかりなのに)
わたしは昔から、ツメ(手の指)を切る際にはつめ切りではなく、ガラス製・金属製のツメヤスリを使ってきた。その理由は「ピアノを弾くのにツメの長さが気になるから」だが、およそ二日に一度のペースでツメを整えるため、つめ切りの出番が訪れない・・というのが正しい言い方。
そして今日も、ついさっきツメヤスリでギリギリまで追い込んだばかりで、思うように芽を根元から抉(えぐ)ることができない。とはいえ、己の指とツメ以外に討伐手段がないわたしは、なにがなんでも・・たとえツメが剥がれようとも突き進むしかなかった。
しかも、よりによって小さなサイズの個体ばかりをもらったことが仇となり、ジャガイモが握りにくかったり滑ったりして余計にやりにくい。それよりなにより、10個以上のジャガイモの芽および内部を抉(えぐ)る作業は、想像以上に指やツメへのダメージが大きい——ツメと肉の間に入り込んだ汚れが、どうやっても取れないじゃないか。
こうして、酷使し続けた親指と人差し指のツメは、汚れに加えて痛みも伴い最悪の状態となった。そんなジンジンと響く疼痛に耐えながら、一心不乱に紫色のトゲトゲを討伐するわたし。その意気込みというか形相は、もはや般若のごとく狂気じみているだろう。
(クソッ!!なぜこんな目に遭わなければならないんだ、なんでこんなキモチワルイ見た目の敵を退治しなければならないんだ!!)
——ジャガイモの芽にすら勝てない、弱くて愚かなニンゲンの遠吠えは続く。




















コメントを残す