白金の用心棒、リンコスへ踏み込む。

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「白金の用心棒」と恐れられ、いや、頼られているわたしは、少し前に建設を終えた巨大超高層ビル「白金ザ・スカイ」の一階にオープンした「リンコス」の様子をうかがいに店の入り口を跨いだ。

白金ザ・スカイとは、白金一丁目の古川橋周辺を大規模に再開発・誕生した、地上45階、地下1階の超大型高層マンションである。しかしわたしは、このマンションには一ミリも興味はない。なぜなら、共同参加している「東京建物株式会社」に、過去の引っ越しの際に収入審査で落とされたからだ。

 

個人事業主であるわたしは、自宅兼事務所として事業所登録をしていたため、家賃の大半を経費に充てていた。なんせ、寝ても覚めても仕事をしているし、自宅にいるときは仕事しかしていないわけで、家賃の大部分を経費算入しても問題ないだろう。

実際には、税務調査となれば一部否認される可能性が高いため、最近では妥当な範囲でしか経費として申告していない。だがとりあえず、その当時はゴリゴリに経費をぶち込んでいたため、所得が思いのほか低かったのだ。

そのため、今のマンションの前に審査を申し込んだ物件=東京建物の物件で、「所得が低すぎる」という理由で審査に落ちたのだ。経費の内訳(家賃込みであること)や保証協会を通すことなども提案したが、聞く耳持たずで門前払いを食った。

 

――あの時の恨みは、9年経った今でも忘れない。この先もずっと、東京建物の息のかかった物件には絶対に済まない、と固く誓ったのである。

 

そんなこんなで、白金ザ・スカイに引っ越すことなどありえないわたしだが、ビルの一階に入っているスーパーには興味を示していた。なぜなら、わたしが贔屓にしているスーパーといえば、白金高輪駅直結のクイーンズ伊勢丹だが、料理をしないわたしにとってはあまり魅力を感じないスーパーだったからだ。

やはり一人暮らしの醍醐味といえば、スーパーで値引きされた出来合いの総菜や弁当を大量に買うことだろう。それなのにクイーンズ伊勢丹は、立派な食材やワイン、海外製の調味料やコーンフレークなど、シロガネーゼ御用達のスーパーとしては合格だろうが、見栄と根性でなんとか棲みついているハイエナにとっては、大した選択肢もない「いけ好かない高級スーパー」でしかないからだ。

そのため、新たにオープンしたリンコスの商品次第では、こちらを贔屓にしてやろうと考えたわけだ。

 

しかしリンコスといえば、スーパー「マルエツ」の高級路線の位置づけ。白金一丁目の高級エリアで、目と舌の肥えた近隣住民から親しまれるとは到底思えない。それともなにか特別な仕掛けや商品ラインナップでもあるのか――。

その真偽を確かめるべく、わたしはリンコスへと踏み込んだのだ。

 

期待はしていなかったとはいえ、入り口の目の前にある果物がお粗末すぎることに愕然とした。

シーズン終わりとはいえ、パックに入ったイチゴがすべて、傷ついていたり変色していたりするではないか。そして、アメリカ産とトルコ産のネーブルオレンジは、明らかにワックスでピカピカに輝いている。さらに、カットスイカやカットパインは、クイーンズ伊勢丹のほうが圧倒的に量が多くてお得ときた。

そして決定打となったのは、陳列されていた2個入りトマトが、黒と白のカビで覆われていたことだった。たまたまそのパックだけかもしれないが、あまりに大規模なカビの範囲に、正直ドン引きしてしまった。

 

気を取り直して、弁当や惣菜コーナーへと移動する。たしかにクイーンズ伊勢丹よりは品数も豊富で、「誰がこんなピザ食べるの?」というようなものまで並べてある。なんというか、いわゆる庶民的なスーパーのラインナップである。

それでも結局わたしが手に取ったのは、いつもと同じく、タイムセールのシールが貼られた「いなり寿司10個」と「しらすおこわ」、そして「巨大スイートポテト」だった。もちろん、果物コーナーでカットスイカとカットパインも放り込んだのだが、普段と変わり映えしないカゴの中身に、思わず苦笑いしてしまった。

 

(こんなお粗末な内容なら、成城石井か紀伊国屋でも入れればよかったのに・・・)

 

こうしてわたしは、明日からはまたクイーンズ伊勢丹を利用することとなった。多少値段が高くとも、あちらのほうが食材のクオリティーが保障されている。とくに青果物の鮮度や品質は、やはり「さすが」と言わざるを得ないだろう。

 

とはいえ唯一、ほんとうにたった一つだけ、このリンコスのほうがクイーンズ伊勢丹に勝っていた点がある。それは「デコポン」が置かれていたことだ。

この時期、多くの店頭からデコポンは消え、その代わりに外国産のオレンジやグレープフルーツが並べられている。ところが、包丁を使いたくないわたしは、手で皮がむけてそのまま食べられて、かつ、ボリューム満点のパーフェクト・デコポンから、今さらオレンジやグレープフルーツに鞍替えすることはできない。

 

そして時期的なものもあり、高級スーパーからは姿を消してしまったデコポンと、まさか、マルエツのアップグレード版で再び出会うことができるとは、なんとも感慨深いものがあった。

もちろん、店頭のデコポンはすべて回収させてもらったのでご安心を。

 

こうして、白金の治安は今日も守られたのである。

 

Illustrated by 希鳳

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