「空間認識能力に自信がある」と豪語した後輩は、ゴリゴリの理系出身で大学院まで学びと研究を貫いた強者(つわもの)。これならば期待できる——と踏んだわたしは、未完成の「はずる」を二つ、手渡したのであった。
はずるとは「はずれるパズル」の略・・というか商品名で、ひねったりずらしたり回したりして、組まれた"はずる"を外したり戻したりする大人の立体パズルのこと。いわゆる"知恵の輪"に誓い商品だが、ただ単に逃げ道を見つければ終わり・・ではなく、何度も回転させたり何か所も組み合わせたりしながら、分解と組み立てを楽しむアイテムなのだ。
そしてわたしは、こういったものを理詰めで解決する性分ではないため、本能で外したり戻したりしてきた——などと言ったところで信じてもらえないかもしれないが、適当にいじっているうちに本当に外れたり戻したりできるのだから仕方がない。
それを聞いた後輩は、
「そんな再現性のないやり方で成功して、嬉しいんですか?」
と、蔑んだ目で怪訝そうに尋ねてきた。だが、わたしの答えは「もちろん!」である。再現性を求めて手順を脳みそに刻み込むなど、娯楽としては最低の行為である。純粋に楽しんでこそ、はずるも喜ぶというものだ。
そしてこれまた不思議なことに、適当にいじっているにもかかわらず、何度も外す・戻すに成功してしまうのだから、「再現性が高い」と言っても嘘にはならないだろう。
・・などと自慢めいたことを書いてしまったが、じつはこれにはちょっとした種明かしがある。適当にいじっているうちに上手くできたのは、いずれも"難易度の低いはずる"だったのだ。
はずるにはレベル1から6までのラインナップがある。当然ながら、レベルが上がれば上がるほど「外す・戻す」が困難となるが、低いレベルであればなんとなく弄んでいるうちに、偶然、解決できてしまう場合があるのだ。そしてその偶然は、なぜか意外と繰り返すのだった。
とはいえ、そう順調に物事が進むわけもなく、最高難易度のレベル6に至っては「偶然」は起きなかった・・いや、正確には「偶然、外すことはできたが戻せなかった」という感じ。
複雑に絡み合ったレベル6のはずるを弄びながら、さっきまでとは異次元の難しさであることを察したわたしは、手のひらに握りしめたはずるを床へと落とした。
当然ながら、腹いせに投げつけたわけではない。人間の力で解決できないのならば、あとは運に任せるしかないわけで、重力と落下による衝撃を加えた"不可抗力な解決策"をとったわけだ。
すると、もはや奇跡としかいえない確率ではずるが外れたではないか。三方向に飛び散ったはずるを静かに拾い上げると、わたしはまじまじと金属製のパーツを眺めた——どうやって外れたんだろうか。
それから再び手のひらで適当に捏(こ)ねているうちに、はずるが勝手に組まれてしまった。とはいえ、元に戻せたわけではなく3つのパーツが一つに絡まってしまったのだ。そしてそこからは、どんなに転がそうが揉みほぐそうが、外すことも戻すこともできなくなった——万事休す。
とそこへ、冒頭の後輩が登場したわけだ。ルービックキューブが得意で空間認識能力に長けた彼ならば、このレベル6のはずるを戻すことができるに違いない——。
レベル6の中でどう頑張っても戻すことのできなかった二種類を手渡すと、早速、パーツを色んな角度から確認しつつ仮説を立てる後輩。そしてすぐさま検証へと移った——これはかなり期待できるぞ。
ところが、あっという間にかなり惜しいところまで仕上げたのはいいが、そこから先がなかなか出てこない。最後のひと押しが拒否されるというか、彼の仮説を嘲笑うかのようにはずるは頑として動いてくれなかった。
すると後輩は、わたしに向かってこう言ったのだ。
「これはきっと、四本の手で完成させるものだ」
——絶対に違うだろう。
だがとりあえず後輩の意見を尊重し、わたしは両手を差し出した。こことここを押さえて・・と、言われるがままにパーツを指で掴むと、指示通りに回転させたり合体させたりしてみた。しかしながら、はずるが元の形に戻ることはなかった。
ならばと、もう一つのはずるで気分転換を試みた後輩だが、どうやら丸っこい形状よりも角ばったもののほうが得意らしく、丸っこいはずるはびくともせずにわたしの手元へ返された——予想以上に、ツカエナイじゃないか。
それから何時間もの悪戦苦闘を続けた結果、二種類のはずるは形を変えることなくそっとテーブルの上に置かれた。
後輩はたしか、空間認識能力に自信があってルービックキューブが得意で、ゴリゴリの理系で大学院卒の肩書きを持つ、まさに"はずるの申し子"だったはず。それなのに、仮説と検証を散々繰り返した挙げ句に、わたしの両手まで使って強引に組み立てる・・という暴挙に出たにもかかわらず、見事に失敗に終わったのだ。
(これは仕方のないことであり、後輩を責めてはいけない。だが、なんだったんだこの数時間は・・)
——果たして、はずるに必要な能力というか要素は何なのだろうか。
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