偽物であることの「真の価値」が証明された瞬間

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(・・ついにきた。待ちに待った瞬間が、ついに!!)

 

わたしは、ショックよりも歓喜に満ちていた。

本来ならばガッカリするべき事態だが、わたしは違う。こうなることを見越して選んだわけで、こうなることで初めてその価値が認められるのだから——。

 

 

先月、わたしはワイヤレスイヤフォンを購入した。理由は、今まで使っていた"骨伝導イヤフォン"を失くしたからだ。

 

骨伝導イヤフォンのいいところは、耳の穴を塞がない点である。周囲の音をキャッチしながらも音楽を堪能できるので、電車で乗り過ごすことも陰口を叩かれて聞き漏らすこともない。そのため、聞き耳を立てて常に周囲を警戒しているわたしにとって、耳の穴がフリーである開放感はこの上ない安心となる。

もう一つの利点として、イヤフォンを使用しないときは首に掛けておくことで、頭部を締め付けるストレスと紛失のリスクから免れることができる。なんせ、ワイヤレスイヤフォンをケースに入れずにポケットへ突っ込むと、高確率で片一方が消える。また、ポケットという視認できない場所へしまうことへの不安も拭えないため、首に掛けられる骨伝導イヤフォンは、わたしにとっては非常に便利なアイテムなのだ。

 

——そんな生活必需品を、わたしは失った。

その日に限って、外した骨伝導イヤフォンを首ではなく太ももに巻きつけたのだ。そして、そのまま立ったり座ったり歩いたりした結果、いつの間にか骨伝導イヤフォンは太ももから消えていた・・それに気づく頃には時すでに遅し。なすすべ無しの状態だった。

 

 

(ん?千円で買えるのか・・・)

失意のどん底のわたしは、たまたま見ていたショッピングサイトで、およそ千円でワイヤレスイヤフォンが購入できることを知った。本来の値段は1,300円だが、初回購入の特典である300円割引をつかえば、千円かからずに購入できるのだ。

しかも、見た目はアノAirPods(エアポッズ)にそっくりで、購入者の評価は4.5(評価者数1000人超)という高評価。なによりも、千円でワイヤレスイヤフォンが買えるならば、仮に失くしたとしてもダメージが少ない。——そう、ここが一番のポイントだった。

 

ちなみに、AirPods所持者の「片方だけ失くすあるある」は有名な話である。そしてiPhoneで追跡した結果、とんでもない遠方から助けを求めていたりするわけで、回収不可能となれば改めて片方だけを買い直すことになる。しかもまぁまぁのお値段で——。

そもそもAirPods自体が安くはないのだが、中でもAirPods Proなど4万円もするのだそう。ということは、千円で購入できるこの"偽物AirPods"ならば、40個買えるということだ。

そして、ワイヤレスイヤフォンの特徴ともいえる「遅かれ早かれ片方を失くす」という宿命を鑑みると、音質だの装着感だのにこだわるよりも、紛失した際の精神的金銭的ダメージを最小限に抑えることに注力すべきである。

 

(よし、これを買おう)

 

 

そして今日、ついにその瞬間がやってきた。コートのポケットに入れておいたはずのイヤフォンケースが、いくらポケットをひっくり返しても出てこないのだ。考えられる紛失原因としては、スマホを取り出すタイミングでイヤフォンケースを落としたか、コートを丸めて荷物入れに突っ込んだ際に落としたか、このどちらかだろう。

だが、わたしは狼狽することも落胆することもなく、むしろ、こみ上げてくる歓喜と達成感に満ち溢れていた——やった、やったぞ!ついにこの瞬間を迎えたんだ!!

 

片方どころか両方、しかもケースごとイヤフォンを失くしたわけで、わたしの元には何も残っていない。にもかかわらず、なんだこの充実した感覚は。己の予想が当たったことによる満足なのか、はたまた狙い通りの展開を招いた自分への称賛なのか——。とにかく、待ちに待った瞬間が訪れたことに、わたしは酔いしれていた。

(・・さてと、もう一つ買うとするか)

 

この"偽物AirPods"を40個買ったところで、AirPods Proを一つ買ったと思えば大差ない。むしろ、常に新品な状態で使用できるのだからお得感すらある。こんな素晴らしい買い物が、他にあるだろうか!

——決して、負け惜しみなどではない。

 

Illustrated by 希鳳

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