自宅トイレのウォシュレットの「ノズル部分」を、直に掃除したことのある一般人は果たしてどれくらいいるだろうか。少なくともわたしは今日が初めてだったが、もはや便器内のすべてを知り尽くしたかのような、悟りの境地に至ったのである。
なぜ急に「ウォシュレットのノズル部分をきれいにしよう」などと思い立ったのかというと、きっかけはウォシュレットのリモコンが故障したことだった。
うんともすんとも言わないリモコンの電池を外してしばらく放置すると、稀に反応することがある・・という現象を発見したことで、新たなリモコンが届くまでの間もウォシュレットを使用し続けたわたし。
(業者ですらウォシュレットを動かすことが出来なかったのに、素人のわたしが使いこなすとは、まるでマジシャンだな)
そして、リモコンにある「ノズルきれい」というボタンを見て、ふと思うことがあった——ノズルの内側は洗浄されても、外側っていつだれが掃除しているんだろうか、と。
このウォシュレットに変わってから、まだ一年ちょっとと日は浅い。それでも、日々せっせと働かされているノズルの表面が、きれいなはずはない。
とはいえ、水が通過するノズル内部が洗浄されていれば、実際のところ問題はない。それはそうかもしれないが、だからといって便器内で直に顔を晒しているノズルの表面を、掃除しなくてもいい理由にはならないではないか。
おまけに、あわよくば「もう二度と顔を出す気などない!」と言わんばかりの出現率である現状からすると、次の一回でなんとかノズルの表面をきれいにしなければ——よし、やってみよう。
こうして、わたしとノズルとの仁義なき戦いが始まったのである。
*
まず、ウォシュレットの機嫌をとることが最優先課題となるのは間違いない。いかんせん、いくら連打しようともセンサーが送信されないため、こればかりは運頼みとなるからだ。そして、ウィーーンとノズルが動き出したら戦闘開始。
改めて電池を外すと精神を集中させ、深呼吸をした後に再び電池を納めた——よし、いくぞ。
見事にビデのボタンを反応させたわたしは、ゆっくりと登場するノズルと対峙した。
左手にはトイレマジックリンとトイレットペーパーを握りしめ、右手は施無畏印(せむいいん/仏像の印相、すなわち「ハンドサイン」の一つで、人々のあらゆる怖れを取り除き安心させる・・という仏の慈悲を表している)のように、手のひらをノズルに向けながら、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。
勢いよく噴き出してくる温水は、想像以上に温かかった。あぁ、これならば冬場であってもヒヤッとせずに済むわけだ——。
そんな温水を、「仏の右手」で受け止めるわたし。そうでもしなければ、ノズルから飛び出す水がわたしの顔面を直撃するか、はたまた背後の壁を濡らすかのいずれかとなり、これすなわちわたしの敗北となる。
そこで、右手でしっかりと温水を受け止めると、すかさずノズルへトイレマジックリンを噴霧した。ぱっと見では汚れの付着は確認できないが、見た目に騙されてはならない。この部分がきれいなはずはないのだから。
そして、マジックリンの泡をトイレットペーパーで拭き取ろうとしたわたしは、まさかのノズルの柔らかさに驚いた——な、なんて柔らかいんだ!!
正確には、ノズルの構造が「伸縮ストロー」のように二段階で伸びる仕組みとなっており、そのつなぎ目の柔軟性が「柔らかい」と感じさせたのだろう。
それは例えるならば・・若竹煮などでおなじみの「根曲がり竹」と呼ばれる細竹のようだった。見た目も似ており、まさに細いタケノコのというか竹というか、乱暴に扱えば折れてしまいそうな貧弱さだった。
というわけで、ウォシュレットの温水を手のひらで交わしつつ、トイレマジックリンでノズル表面を洗浄・除菌するわたしは、あまりの真剣さに手の甲が便器の底に触れていることも忘れ、一心不乱にノズルを磨いていた。
強くこするとノズルが外れたり折れたりしそうなので、適度な力加減でしっかりと拭き掃除を行わなければ——。
こうしてわたしは、便器内部のすべてを把握し、すべての箇所に素手で触れたのである。
*
よく「トイレ掃除をすると心が洗われる」などと言うが、たしかにそれに似た”達成感”を味わうことができた。今まであえて見ないようにしてきた汚い部分を、素手で触れつつきれいにすることで、あたかも自分の物であるかのような親近感が湧いたのだろう。
そして困ったのは、正真正銘「隅から隅まできれいになったトイレ」というか便器を、もう二度と汚したくないという気持ちになってしまったことだ。そのため、あれから一度も我が家のトイレを使用していない。
そもそもトイレの回数が極端に少ないわたしは、丸一日トイレに行かなくても問題はない。とはいえ、このままでは必ずや限界が訪れる——。
(・・とりあえず、スタバへ行こう)
熱いコーヒーでもすすりながら、今後のトイレ事情について考えることにしよう。
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