(頼むから、話しかけないでくれ・・・)
店内をブラブラしている最中、店員から声をかけられることに極度の嫌悪感を抱くわたしは、なるべく店員に近づかないよう神経を尖らせて物色することにしている。
まるで磁石の同極同士であるかのように、店員がわたしに近づこうとすると、同じ距離だけわたしが離れる・・という、不自然だが自然を装った反発を演じながら、店内を逃げ回るのであった。
それにしても、社員だろうがアルバイトだろうが、店員を名乗るならば「困っている客または手ほどきを必要としている客」と、「一人で自由に徘徊させてほしい客」との、違いを見抜く目くらい養ってもらいたいものである。少なくともわたしは、無駄に声をかけられた瞬間に、商品への興味と購買意欲を失うわけで——。
さらに、「近づくな、そして、声をかけるな」というオーラを盛大に放っているのだから、そんな”殺気”すら察知できずに客のパーソナルスペースへ踏み込んでくるなど、接客業にあるまじき行為である。
かつて、わたしが某コーヒーチェーン店でアルバイトをしていた頃、メニューを見ながら注文を考えている客を見て、「この人には余計な干渉をしてはいけない」「この人は、なにか勧められるのを期待している」という風に、客が放つオーラを読み取って対応を変えていたことを思い出す。
もちろん、初対面だけでなく過去の失敗も含めての対応ではあるが、自分自身で静かに考えたいタイプと、メニューが理解できない又は自分では決められないタイプと、客にはこの二種類の人間がいる。ちなみに、わたしは前者であるが、カスタマイズやシーズナルドリンクの説明を聞きたいときは、自ら店員に問いかけて会話をすることにしている。
——というか、原則として「客に考えさせること」を優先していた。まずはあれこれ考えた上で、追加情報の確認として店員に尋ねる・・というのが、出来上がったドリンクを手に取った瞬間に、最大の満足を享受できる注文方法だからだ。
接客に対してこのような考え・・というか方針を持つわたしは、とにかく不躾に話しかけられることを嫌うため、こちらから声をかけるまでは放っておいてもらいたい。
むしろ、わたしを自由にさせてくれたらそれなりの金額を落として帰るのだから、下手に話しかけて逃げられるリスクを思えば、放置するほうがよっぽど売上に貢献するはず——そんな真実に、どうか気づいてもらいたいのである。
そんなことを心の中で祈りつつ、わたしはイヤフォンで音楽を聴きながら近所のスーパーをうろうろしていた。今日はたまたま、徳島の物産展が開かれており、大量の生わかめとサラダわかめが山積みにされていた。
(あんな大量のわかめ、どうやって食べるんだろう・・)
味噌汁に入れるにしても、最小単位が200グラムでは多すぎる気がする。もしかすると、小分けにして使う分だけ味噌汁に入れるのか?——うーん、よく分からない。
物産展の担当と思われる人物が近づいてきて、わたしに対して何か話しかけている気配がするが、声が聞こえないのでとりあえず笑顔で頷(うなづ)きながらやり過ごした。
(すまないが、話しかけないでくれ・・)
それにしても、”生わかめ”はまさにわかめそのものだが、”サラダわかめ”のほうには、目視できるほど大量の塩がまぶしてあり、そのまま野菜と混ぜれば「わかめサラダ」になるということか?いや、サラダわかめサラダ・・うーん、良く分からない。
(ん・・そういえばわかめって、栄養豊富でダイエットにいいんじゃないか?!)
生まれてこの方、わかめ・・しかも「生わかめ」など買ったこともないわたしだが、徳島の物産展に出くわしたのも何かの縁。決して安くはないが、この機会に生のわかめとやらを食すのも悪くはない・・よし、買ってみよう。
こうしてわたしは、生わかめとサラダわかめを500グラムずつ購入したのである。さっきまでガン無視を決め込んでいたわたしが突如、
「これとこれを500グラムずつください」
などと話しかけたので、店員は一瞬ぎょっとしてのけぞったが、すぐさま営業スマイルを復活させて「ありがとうございます。サラダや味噌汁、酢の物、わかめご飯など、いろいろな料理に合いますよ」と、要らぬレシピを与えてくれた。
そんな返答に若干の苛立ちを感じたわたしは、
「料理はしないから、このまま食べる」
と、言わなくてもいい私生活を暴露してしまったところ、当然ながら驚きの表情を浮かべつつ、しかし確実に重要となる「情報提供」をしてくれたのだ。
「このサラダわかめは、塩蔵(えんぞう)わかめといって、大量の塩に漬けることで保存が可能となっています。必ず、5分から10分ほど水に浸してから食べてくださいね。このままではしょっぱすぎて食べられないので」
わかめの保存方法を知らなかったわたしは、この情報を聞いて大いに驚いた。なんと、湯通ししたわかめを塩まみれにすることで、常温で2週間、冷蔵で3か月、さらに冷凍ならば1年も保存できるのだそう——塩、恐るべし。
しかも、あわよくば「塩味がついているから、そのままむしゃむしゃ食べよう」などと考えていた自分が恐ろしい。5分以上水に漬けなければ塩抜きできないほどの塩分を、そのまま食べたら致死量に達するはず。
(店員の話を聞いてよかった。命拾いしたわ・・・)
*
たとえ店員嫌いであっても、やはり専門家の意見には耳を傾けるべきである。
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