ほとんどの人が忘れていると思うが、私は社労士だ。
見た目からして士業ではないこと、顔つきや髪の毛の色は輩(やから)、ガタイの良さと服装は格闘家。
今に始まったことではないので気にも留めないが、社労士である私は本日、都内の某ハローワークを訪れた。
*
ハローワークの失業者フロアへ入ると、そこにあるはずの発券機がない。
目的の窓口の番号を押すと、数字が記された紙っ切れがペロっと出てくるアレだ。
しかたなくフェイスシールドにマスク姿の、元・オネーサンに話しかける。
「社労士ですが、ちょっと職員の方にお話を伺いたいのですが」
すると元・オネーサンは、
「社労士の方でもね、この求人シートを記入してカードを作ってからでないと窓口へは案内できないのよ」
(・・・)
しかしこの手の女性は意思が固いゆえ、論破するのは困難。
そこで「前回はよかったんだけどな作戦」を敢行。
しかも前回の窓口番号や職員の名前まで挙げ、臨場感てんこ盛りで差し出す。
「あらそう、前回よかったのなら、今回もいいかしらね」
(そーだそーだ)
すると元・オネーサンは自ら番号札を発券すると、私に手渡した。
「呼ばれるまでそこでおとなしく待っていてね」
さすがは年の功。
私がおとなしく待てないタイプだと、秒で見破ったわけだ。
*
30分が経過するも私の番号が呼ばれない。
元・オネーサンの目を盗み、空いている求人相談窓口の女性職員の席へ滑り込む。
「私、社労士。怪しくないから」
なぜこんな挨拶をしなければならないのか、自分でもナゾだ。
女性職員は特に驚いた様子もなく、あらどうぞ、と椅子をすすめる。
「ぶっちゃけ、コロナで失業者は増えてるんですか?」
単刀直入に尋ねる。
「ええ、この一年でものすごく増えたわ。ココ(求人相談)がこんなに繁盛することはなかったもの」
さすがはベテラン、言葉に淀みがない。
他に変わったことは?と続ける。
「事務系の求人がかなり減ったわね」
(そうか、事務員という存在は減りつつあるのか)
とそこへ元・オネーサンが近寄って来たので、素早く退散。
ふと目が合った若い女性がいる、求職者だ。
ツカツカと彼女へ歩み寄り、唐突に尋ねた。
「私は怪しくないんだけど、なんでハローワークで職探しするの?」
若い女性は一歩後ずさりしながらも、
「家にいるとおかしくなりそうなんで」
と答えた。
なるほど、そういう理由でわざわざここまで来るのか。
不運にもその後ろに立っていた、化粧映えする女性にも話しかける。
「なんでわざわざここまで来るの?」
「外へ出ないと置いてかれる気がするんで」
なるほど、だからバッチリメイクなのか。
するとその後ろにいたひ弱そうな男性が、覚悟を決めた表情で自ら私の前に立った。
「僕も同じです。ずっと家にいたらおかしくなるんで」
もはや私は、街頭調査員か何かと勘違いされている。
まぁとにかく頑張ってよね、と軽く肩を叩き彼らを送り出す。
*
番号を呼ばれた私は、ようやく目的の窓口にたどり着く
ここは「職業訓練」の相談窓口。
社労士であると前置きした上で、
「どうですか?コロナで入校希望者増えました?」
これまでと同じ質問を投げかける。
「めちゃめちゃ増えましたよ!」
ノリの良い職員は喜んで話し始めた。
「これ見てくださいよ、一目瞭然」
そう言いながら、職業訓練の応募者数と倍率が記載された一覧表を開く。
競争が激しい科目は10倍を超えている。
昨年度までは1倍を超えるものが少なかったのに、今年度はほぼどれも高倍率。
しかも、ウェブ系の科目が大人気だ。
逆に不人気なのは、旅行観光サービスや経理、営業系の科目。
まさに今のご時世を反映している。
職業訓練は毎月開講しているが、今月からは「AI入門科」なるコースもできており、民間委託業者も必死なんだなと実感する。
こんなに豊富なコースが用意されているんじゃ、さぞかし殺到するんじゃないですか、と振ると、
「だけどね、失業者でないとダメだから」
そうだった、これは再就職支援のための職業訓練であり、自身のキャリアアップが目的ではない。
とはいえ、ズルをする訓練生がいないとも限らない。
ましてや雇用保険被保険者でなければ、就労実態など確認できないわけで、本人が「無職です」と言ってしまえば知りようがない。
学校はほぼ毎日、月曜から金曜まで通う必要がある。
つまり仕事のある人が訓練生になることは、通常難しい。
ところが昨今のコロナ事情により、時間的な身体拘束のない社会が実現しつつあり、ズルをすれば「失業者」を偽れなくもないのではないかと不安に思う。
見た目が失業者っぽいとは言え、私は社労士なので不正行為もその助長も当然できない。
だがもしも私が失業者だとしたら、何らかの技術を身につけたいと思う。
そうだな、今度は熟練溶接工のような立派な職人になりたいな。
コメントを残す