「ナニ」だけすればいいのか、それが知りたかった哀れな私。

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あぁ、なぜこのタイミングでその一言が送られてくるんだ——。

 

どう考えても他人には理解不能であろうメッセージを、スマホのロック画面に表示されたプレビューで読んだわたしは、色々な意味で愕然とした。

よりによってこの内容を、見ず知らずのオトコたちに見られるとは・・。

 

 

西武線内の事故によりダイヤに乱れが生じた有楽町線に乗り込んだわたしは、猛者どもに囲まれて身動きが取れない状況を強いられた。しかも、よりによってデカいオトコばかりで、そのうちの一人は極度なデブ・・いや肥満体であることから、車内の過密を助長していることに殺意が湧いてくる。

 

(あぁ、それにしても腹が苦しいな)

わたしは先ほど、フランスパンを一本とスープを4人前に加えて、頂き物の生ハムを一袋食べたことで、運動前だというのに胃袋は大いに膨張していた。

とはいえ、ここ最近の異常な食欲について、自身ではどうにもコントロールできないため、よっぽどショックな事件でも起きない限りこの暴飲暴食は続くのだろう。

 

ちなみに出かける間際、着替えをするべく全裸になったわたしは、鏡を見て驚いた——なんだ、この胸よりも突出している胃袋は!?

驚きの理由は、単純に胃袋が出ているだけではなかった。その上にボッテリと張り付いている筋肉が、さらなる厚みを演出していたから・・ん?どこかで見たことのあるような。あぁそうだ、男性格闘家が大食いをしたときの横向きの姿だ。

 

女性の象徴である「ふくよかなバスト」というものは、今のわたしには存在しない。その代わりに、揉みしだきたくなるほどの見事な胸筋と腹筋を纏(まと)った、女性離れした上半身を手に入れたのである。

(誰が望んでこんなフィジカルになったんだ・・)

未だに訪れぬモテ期を夢見ながら、ヒトというよりまるで野生動物のように隆起した胃袋(腹筋)を撫でながら、「胸よりも胃袋が出ている」という残念な現実を友人に報告したわたしは、約束に遅刻しないよう急いで家を出たのである。

 

この流れからの超満員電車・・というわけで、自らの姿勢を維持することもままならない状況に、思わずスマホを握った手をドアに当ててバランスを保った——そもそも、周りのオトコどもがつり革を独占しているせいで、わたしの手が届く範囲で掴める物がない、というのが問題。少しは気を使って、女性につり革を譲れってんだ!!

内心そんな文句を垂れながらも、「下車するまでの辛抱だ」と自らに言い聞かせていたところ、右手で握っていたスマホが震えた——友人からのLINEだ。

 

わたしが立っている位置からドアまで、ちょうど腕を目一杯伸ばしたくらいの距離がある。そして、肘を張り肩を入れた状態で「いい感じのつっかえ棒」を作っていたため、手のひらに埋まっているスマホの表示を読むには、若干遠すぎる距離だった。

だが、アイコンならば認識できるので、先ほど「胸よりも胃袋が出ている」と報告をした友人からの返信だとすぐに分かった。あの後、何回かやり取りをしたが、友人曰く「胃袋が出ているならば、胸を大きくすればいい」という見解を示しており、おそらく「胸筋をさらに厚くすることで、腹筋よりも前面に出せばいい」と言いたいのだろう。

当然ながら、わたしは筋肉質なフォルムに1ミリも憧れを抱いていない。むしろ、ぷにぷにと女性らしい柔らかさを手に入れたいと切望しているのに、現実は真逆なのだからどうしようもないわけで——。

 

という愚痴は置いといて、一言だけ届いた通知プレビューは、読めそうで読めない微妙なサイズだった。それでも、どうにかして読解しようと何度も目を細めるわたし。

(スマホを見るためにドアから手を離せば、バランスを失いよろけるのは必至。ただでさえ混雑している車内で、そんな迷惑はかけられない)

常識人であるわたしは、自らの欲望(メッセージを読むこと)など後回しにして、車内の調和を優先した。その結果、伸ばした腕の先にあるスマホの画面を、周囲に立っているオトコどもに見られてしまったのだ。

 

(まぁ、見られたところで問題はない。どうせ一言だし、どこの誰から送られてきたものかも分かるまい。とはいえ、友人が何て返してきたのかが気になる。うーん、目を凝らしたところ「〇〇だけしてきて」というひらがなは読めるが、最初の二文字がどうしても読めない。なんかごちゃごちゃした漢字だが、「何」だけすればいい・・と言っているのだろうか。あぁ気になるじゃないか!どうせ読んでるなら、だれか教えてくれよ!!)

 

悶々とするわたしをよそに、わたしの腕に沿って立つオトコ二人とわたしの両側に立つオトコ、合わせて4人のオトコが確実にスマホの画面を覗いていた。当然と言えば当然だが、わたしには読むことのできないメッセージを、顔色ひとつ変えずに奴らはシレっと読んでいるのだ。

(クソッ、気になる!!誰でもいいからその漢字を読み上げてくれ!!)

イライラがマックスに達した頃、電車は次の駅へ到着した。雪崩のようにホームへ排出される乗客にまぎれて、わたしも一度外へと降りた。そしてようやく、先ほどのメッセージを読める状態となったのだ。さて、なんて書いてあったのかな——。

 

プレビュー表示を見たわたしは言葉を失った。

べつにこれが、わたし一人で見るものならば問題はなかった。だが、複数人のオトコが読んでいたとなると、あらぬ誤解を与えた可能性もあるし、「いったいなんのために?!」という淫靡な興味を抱かせた恐れもある。しかも、どうにかして読もうとプレビューをずっと表示していたのは・・・大誤算だった。

 

「豊胸だけしてきて」

 

 

周囲のオトコどもから、「このヒトは豊胸手術が必要なんだ・・」と思われたであろう、可哀そうなわたしなのであった。

 

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