「古代ローマ帝国で313年に皇帝により公認され、392年にローマの国教となった宗教は?」
・・その昔、中学か高校時代にもしかすると授業で習ったかもしれない内容だが、耄碌(もうろく)しているわたしは答えられなかった。とりあえずイタリアで宗教といえば、キリスト教あたりか——。
しかし後輩は、牛乳瓶の底メガネの奥にある純粋な瞳で、キッパリとこう答えた。
「キリスト教ですね」
そこには一ミリの迷いも感じなかった。そりゃ、簡単な筆記テストで使われる設問の答えなど、そこまで複雑なはずはない。それでも、もしかするとゾロアスター教かもしれないのに、そんな選択肢は死を意味するかの如く無視をし、根拠があるであろうしっかりとした声で断言したのである。
堂々とした後輩に圧倒されながらも、わたしは続けて問題文を読み上げた。
「普仏戦争でフランスをやぶり、ドイツ統一の中心となってドイツ帝国を樹立した人物は?」
「ビスマルクです」
——わたしは耳を疑った。いや、目も疑った。控え目に言ってもうだつが上がらない後輩が、こんな古い時代の歴史問題を迷うことなくサクサク答えるとは、目から鱗が落ちる思いである。
っていうか、普仏戦争の「普」ってどこの国だ——。
「プロイセン王国のことですね、今でいうところのドイツ北部からポーランド西部あたりです」
わたしは今、どんなトリックに騙されているのだろうか。あるいは、まさかの奇跡に立ち会っているのか。いずれにせよ、聞いたこともないプロイセンという国について語る後輩が、神々しくて直視できなかった。
(義務教育でこのような難易度の高い教育を受けた覚えはないが、仮に学習していたとしても、何十年もたった今そんなことを記憶していられるほど、良質で高機能な脳を有してはいない。後輩の海馬はいったいどうなっているんだ・・・)
これといって得意気な素振りを見せるわけでもなく、飄々とした表情で抹茶ティーラテをゴクリと飲み込む後輩。
「18世紀の産業革命が他国に先駆けて起こった国は?」
問題文を読みながら、わたしは内心ニヤリとほくそ笑んだ。これは知ってるぞ、フランスだ。革命といえばフランスだからな!
「イギリスですね」
(・・・・・え?)
そういえば、農業から工業へと生産活動が移ったことで生じた社会の変化を産業革命と呼び、機械化によって生産性が大幅に向上したのが特徴・・と、授業で習った覚えがある。あとはあれだ、「マンチェスター」「綿花」がキーワードだった気がする。・・要するに、産業革命といえばイギリスが発祥なのだ。
ちなみにフランスでも革命はあったが、それは産業革命ではなく"フランス革命"だった。それがどんな内容で、どのような影響を及ぼしたのかは知らないが、医師であるジョセフ・ギヨタンが発明した断首台=ギロチンが、フランス革命で誕生したことは知っている。
この部分だけを聞くと「ドクター・ギヨタンは恐るべき殺人鬼だ!」と糾弾されそうだが、その背景には"身分による処刑の差別をなくすため、そして、もっとも少ない苦痛で死刑を執行するため"という、人道的観点からの平等を求めた願いが込められている(かもしれない)のである。
(・・わたしの知識というのは、ペーパーテストではクソの役にも立たないんだよな)
——キョトンとした顔で後輩がわたしを見ている。なぜなら、産業革命が最初に起きた国について、わたしは「フランス」と答えて、同席していた友人は「わからない」と答えたからだ。
これは例えるならば、「"おもてなし"という文化が始まったのはどこの国か?」という質問に対して、日本人であるわれわれが「中国!」「わからない!」と答えたのと同じくらい、素っ頓狂で的外れな回答だったからだろう。
われわれの答えが「違っている」と察したわたしは、すぐさまGoogleで調べた。そして、「い、イギリスだね・・」と訂正したのである。
*
ヒトの価値は学校教育などでは計り知れない部分がほとんどで、とくに社会人ともなれば暗記のお勉強などまるで意味がないのは確か。それでも、ごく当たり前な知識や学力を測定するのに、中学や高校程度の学習内容を用いるのは、ある意味平等で正しいことなのかもしれない。
そして、カンニングという手段でいくつもの障壁を乗り越えてきたわたしにとって、教育による知識の貯蓄は皆無に等しい。だからこそ、どれほど簡単な質問をされたとしても、今も昔も答えることはできないのだ。
おまけに今回受験する予定のテストは、AIによる自動監視下にて行われる模様。人工知能か、それともニンゲンの猿知恵か——。果たして軍配はどちらに上がるのだろうか。
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