我がオフィス・スタバへの、セルフ出禁となるまでの顛末

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化粧をしている女性ならば、口紅の状態を確認したりファンデーションのヨレを気にしたりと、定期的に鏡を覗く習慣があるだろう。そして、化粧崩れ以外にも顔や髪の毛に異変があれば、ついでに直すわけで。

ところが、化粧はおろか日焼け止めすら塗らないわたしは、自分の顔面をチェックするためにわざわざ鏡の前に立つことはない。コンタクトレンズですら直に目玉へ置くため、あえて鏡を使う必要がないからだ。

 

そんな不精な性格が祟ってか、わたしは「セルフ出禁」をせざるを得ないスタバを生み出してしまったのである。

 

 

(おぉ!これは・・・)

友人からもらった菓子の中身は、わたしの大好物である抹茶味のラスクだった。しかも、ポテトチップスが入っているようなデカい袋に入っており、ケチることなく豪快に食い荒らすことができる。

おまけに開封口にはチャックが付いてるため、必要に応じて保存することができるのだ。とはいえ、わたしにかかったらこんなもの一瞬で食べ終わるが——。

 

この抹茶ラスク、愛知県・西尾の抹茶を使用しているとのこと。「薫り高くまろやかで、鶯色が綺麗な西尾の抹茶を練り込んで、ラスク専用のフランスパンを焼いた」のだそう。さらに「そのパンを薄くスライスして、さらに抹茶を塗り、二度焼きしてサクサク食感にしました。味の重なりに奥行きを感じていただける仕立てです」と綴られている。

こういう薀蓄(うんちく)が記されているだけで、普通の抹茶菓子よりも数段上に感じるから不思議だ。ニンゲンとは、とことん単純な生き物である。

 

日課であるスタバへチェックインしたわたしは、入れ替わりで空いた席を陣取り、駆けつけ三杯のコーヒーを注文した。そしてのどを潤し一息ついたところで、なんとなく急にソワソワし始めた。

(あの抹茶ラスク、一枚だけ食べてみようかな・・)

さすがに、スタバへ食べ物を持ち込んで堂々と食べるほど、マナー知らずの強メンタルは持ち合わせていない。よって、こっそり一枚だけ味見してみるとしよう。なんせ、食べてみなければ礼を言えないわけで、友人もその報告を心待ちにしているだろうから。

おまけに、運よく袋の口にはチャックが付いており、まさにこういう時のための配慮に違いない。

 

こうしてわたしは、店員の目を気にしながらもサッと袋の口を切ると、大量に詰められた抹茶ラスクの中から一枚をつまんで、ポイッと口へと放り込んだ——うん、美味い!!

ラスク(パン)の芯まで抹茶がしみ込んでおり、真ん中だろうが端っこだろうがしっかりと抹茶の味がする。おまけに、片面には抹茶がよりしっかり塗られており・・いや、砂糖がズッシリ塗られているからそう感じるのかもしれないが、とにかく甘くて美味いのだ。

(やっぱり、抹茶菓子はサイコーだ!)

ラスク一枚など一口、せいぜい二口あれば胃袋へと送り込むことができる。最初の一枚は店員の目を気にしていたことから、味わうことよりも見つからずに食べきることに注力してしまった。今度はしっかりと、味わうことに集中しながら咀嚼してみよう——。

 

こうして、「これが最後」「今度こそ最後」と思いながらも、あっという間に抹茶ラスクを一袋、完食していまったのだ。もちろん、店や客への配慮は怠らず、壁に向かってコソコソと咀嚼を繰り返したし、菓子の袋はリュックに隠しておいた。おまけに、リュックへ顔を突っ込んで砂糖がこぼれないように黙々と食べたので、およそ誰にも迷惑はかけていないはず。

(ふぅ、お口直しにコーヒーを追加するか・・)

ラスクといえばコーヒー。抹茶の風味を感じながら、ほろ苦いコーヒーを注ぎ込む・・あぁ、想像しただけで贅沢なひと時だ。

 

それにしても、悪事を働いた者はそれをひた隠しにしようとする傾向にある。これは、ニンゲンに備わっている本能的な行動といっても過言ではないだろう。誰に習ったわけでもなく、自ずと相手に調子を合わせて笑顔を振りまくのだから恐ろしい。

そしてわたしも、いつになく饒舌に店員と会話を交わした。今日はタンブラーを忘れてしまったことや、合計6杯もコーヒーを飲んでいることなど、聞かれてもいないのペラペラと語ってしまうのは、やはり店内でラスクを食べたことに対する罪悪感があったのだろう。

 

 

ダラダラと油を売っていたわたしは、その後ようやく帰宅した。そして歯を磨こうと洗面台の前に立った瞬間、顔面の異変に気が付いた。

(・・口の周りのみならず、頬からアゴまで砂糖がこびりついているではないか)

 

これは、ラスクの表面に付着していた砂糖だ。リュックに顔を突っ込んでラスクを貪り食った際に、袋の内側についてた砂糖がわたしの顔に移ったのだろう。そしてそれに気づかず、わたしは店員らと楽しくおしゃべりを交わしたのだ。

あたかも「ラスクを食ったことなどバレていない」という表情と態度で、ベラベラとその場を取り繕っていたのだ。あぁ、なんという恥知らず——。

 

恥ずかしさと絶望で呆然とするわたしは、とりあえず抹茶ラスクをくれた友人へこの事実を報告した。すると彼女は、

「今度スタバへ行くときは、入ったときから砂糖をつけておけばいいよ。そしたら『あぁ、いつも砂糖ついてる人なのか』って思われるから」

と、なんともウィットに富んだアドバイスをくれたのである。——あぁそうか。これがデフォルトだと思われれば、あの時ラスクを食べていたこともバレずに・・んなわけないだろうっ!!!

 

とりあえずほとぼりが冷めるまでは、あのスタバへ行くことは控えようと思う。

 

Illustrated by 希鳳

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