パーテーションに仕切られた思い出

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私の場合、紛失物というのは高確率で現れる。というのも、見つかりやすい場所で失くすため、むしろ消えるはずがないからだ。たとえば自宅とか。

そして、ニコイチのアイテムは片方が消えれば意味を成さない。たとえばピアスとか。

あえて片方だけのピアスならば別だが、ほとんどの場合はセットで売られているため、デザイン的にも一つだけではイマイチ。つまり片方を失くした瞬間に、そのピアスは価値を失うのである。

 

そんなわたしは、友人が作ってくれたピアスを片方失くした過去がある。かなり気に入っていたこともあり、諦めのつかないわたしは、来る日も来る日も狭い自宅内を捜索し続けた。

 

記憶上、最後にピアスを外したのは柔術の練習の時だ。それを失くさないように、フーディーのポケットに入れたのだ。練習後は真っすぐ帰宅したわけで、途中で落としたとは思えない。そしていざフーディーを洗濯しようと、勢いよく脱ぎ捨てた瞬間にカシャンと小さな音がした。

(・・ん?)

――ピアスだ。すっかり忘れていた、危うく洗濯するところだった。

 

アクセサリーというのは厄介である。練習などで肌から離すと、失くさないようにポケットへしまうが、カバンのポケットでは忘れそうだし探すのにも苦労する。よって、ズボンや上着のポケットに入れることとなる。

そうなると、何よりも注意しなければならないのは洗濯だ。ちなみに、ポケットの中身に気付かず、誤って洗濯機を回してしまえば大惨事となる。といっても、これはアクセサリーではなく、ティッシュやレシートが入っていた場合に、大惨事となるのだが。

粉々になった紙屑が他の衣服へ付着し、繊維によっては取り除くのに相当な時間を要する。だからこそ衣服は、洗濯機へ入れる前にポケットの中身を確認しなければならない。

 

それに比べてアクセサリーの場合、洗濯機の強力な渦の威力で破壊される恐れがある。

ネックレスは引きちぎられ、ピアスは分解されてどこかへ消えてしまうのだ。さらにアクセサリーは高価であったり、大切な人からの贈り物だったりするため、決して油断できない。

 

そんなこともあり、こうしてピアスがこぼれ落ちたことで、すっかり忘れていた大切な存在を思い出したのだ。あぁ、よかった――。

 

わたしは床に落ちたピアスを一つ、拾い上げた。そしてもう一つは・・・。

(・・・ナイ。どこにもない)

おかしい。こんな犬小屋のように狭い部屋で、数秒前に落ちたピアスの片方が消えるだなんて、ありえない。ベッドの下やソファの隙間に滑り込んだのだろうか。

 

――かれこれ30分、我が家のありとあらゆる置き物をどかしてピアスの片割れを探した。だが探せば探すほど、お目当ての品は見つからなかった。

そしてわたしは確信した。この部屋の中に、あのピアスはもう存在しない、と。

心底気に入っていた友人お手製のピアス。しかし、片方しかないとなればバランスが悪い。いったいどこで落としたんだ。

 

翌日、ジムから自宅までの道のりを遡ってみた。道路はもちろんのこと、花壇からマンホールの蓋まで、目を皿のようにしてピアスを探した。もちろん、地下鉄車内や乗降車駅まで隈なく捜索したが、結果は予想通りの空振りで終わった。

それからしばらくの間、期間にしておよそ2年、わたしは片方だけのピアスを保管し続けた。もちろん、いつか必ず片割れが出てくると信じて、健気に毎日探し続けたのである。

 

しかし、そんな日は来なかった。

 

(・・いつまでも過去を引きずっていては、前へ進めない)

弱い自分と決別するべく、わたしは大切なピアスをゴミ箱へと葬った。

サヨウナラ、わたしの大切な思い出――。

 

 

Webミーテイングなど滅多に顔を出さないわたしだが、本日はのっぴきならない事情から強制参加となった。

ちなみに、自宅におけるWebミーテイングの際は背景に気を配らなければならない。そのため、狭い我が家においては、部屋のど真ん中を走るパーテーションをすべて閉じることで、半透明の壁紙を作り出しているのだ。

 

こうしてわたしは数年ぶりに、パーテーションをすべて引き出し大きなスクリーンを設置した。

 

カシャン

 

嫌な予感が走る。数年前、あれと同じ音を聞いた覚えがある。あれはたしか・・・

(あのピアスだ)

そう。わたしの足元には、あれほど探したにもかかわらず姿を現すことのなかった、大切なピアスの片割れが滑り込んできたのだ。

まるで、こっぴどくフラれた男をようやく忘れ去った頃、今さらと言わんばかり再び告白をされた気分である。非常に不愉快で腹が立つ。そして、取り返しのつかない後悔がわたしを襲った。

 

(まさか、このパーテーションの下敷きになっていたとは。そんな確率でピアスがわたしを試していたとは・・・)

 

 

こうしてわたしは、もう二度と、決して戻ることのないピアスの片方を握りしめながら、呆然と立ち尽くしたのである。

 

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