先日、就職活動についての記事を読んだ。
面接官の視点で書かれた採用面接での出来事で、多くの共感を呼んでいる。
しかし、私にとっては共感の余地など皆無のコラム。
見せてあげよう、本当の「就職活動」という戦いを。
*
就職活動などはるか昔の話ゆえ、今さら思い出すことに意味があるのかどうか疑問だが、社内で戦いを勃発させた学生などそういないだろう。
エントリーシートというものは、私の書きたいことを阻止する雛形になっている。
あんな質問項目、読んでいて面白いのだろうか。
しかも何百、何千人と応募者がいるなかで、全員から同じ質問の答えを出されてうんざりしないのだろうか。
相手の身になって考える私は、エントリーシートの一切の内容を無視し、そこへ五線譜を描き始めた。
五線譜とは、いわゆる楽譜のこと。
そして会社のテーマソング、つまり「社歌」を作ってあげようと考えた。
学校には校歌、国には国歌がある。
であれば会社に社歌があって然り。
校歌を歌わされるとき、あまり長いと歌いたくなくなる。
それでいて2番まで必要だ。
よって、なるべく短くてキャッチーなメロディーにして、社員が気楽に歌える曲にしよう。
音大合格の実績を持つ私は、はりきって作曲を始めた。
歌詞は後でいいや、ちょっと宗教チックな感じにしてやろう。
そして完成した社歌は8小節の短い歌。
ちゃんと2番まで作った。
ーーまるでテレビCMでも使えそうなフレーズだ
真剣に著作権の申請をしようか迷うほどのデキ。
これを無料で提供するのはもったいないが、まぁ仕方がない。
私は先方からの質問を一切無視し、楽譜の書かれたエントリーシートを送りつけた。
*
一次面接。
いくつものブースに分かれた面接会場を進み、私のブースを発見。
3名の面接官が座っている。
「あなたがウラベさんですか」
挨拶より先に名前を呼ばれる。
「これ、歌ってもらってもいいですか?」
そう、私が作詞作曲した社歌がすでに社内で人気の様子。
作者である私の生の歌声を聞かせてほしいとのこと。
面接会場で高らかに社歌を歌い上げる受験者(私)。
面接官は大喜びで拍手。
するとそれを聞きつけた隣りの面接官らが、
「もう一度、僕らにもお願いします!」
と割り込んできた。
隣りのブース3名が加わり合計6名の面接官に、再度、惜しみなく社歌を歌い上げる。
拍手喝采。
こうなると事態は止められず、向かいのブースから、面接会場外からも社員らが集まり、社歌の熱唱を懇願される。
何回歌っただろうか。
私の歌が気に入ってもらえて満足だ。
*
筆記試験で来社した際も、帰り際に待ち構えていた社員と役員に、社歌の独唱を依頼される。
他の受験者らに白い目で見られながらも、私は廊下で社歌を歌った。
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二次面接。
順番待ちをしていると、一人の社員が鼻歌交じりに通り過ぎて行った。
なんと、私の社歌を歌っているではないか。
ーーしまった
このとき私は、内定とかそういうことよりも、JASRACへ著作権の申請をしていなかったことを後悔した。
このままでは無料で歌を提供することになる。
帰宅したらすぐさま、JASRACへ問い合わせよう。
*
最終面接。
役員らが集結する場で私は、社歌について尋ねられた。
「なぜ、社歌を作ろうと思ったのですか?」
「御社に社歌がなかったからです」
なるほど、という感じで質問は終わった。
別の役員が冷めた目で私を見る。
「エントリーシートを消してまで書きたかったんですか?」
「はい。元の線が邪魔だったので消しました」
その後は当たり障りのない質問が続き、面接は終わった。
*
合否発表の日、連絡がなかった。
不採用でも来るはずの連絡がない。
どういうことだ?
だがその2日後、不採用の通知が届いた。
あれほどまでに社歌が浸透したわけだが、私の採用は見送られた。
数日後、知人を通じて連絡があった。
今度の日曜日、東京競馬場へ来てほしいとのこと。
その日は天皇賞かジャパンカップの日だったので、どのみち府中へ行く予定だった。
当日、約束の時間に指定場所を訪れたところ、
「本当に申し訳なかったです」
開口一番、頭を下げたのは私を不採用にした会社の面接官だった。
たしか彼は、一次面接で私に社歌を歌ってほしいと最初に言った人だ。
「あれから社内で大変なことになったんですよ。
ウラベさんを推す派と反対派とで大揉めに揉めて」
社歌で有名になった私の合否について、意見が真っ二つに割れたのだそう。
なかなか結論が出ないうちに、社内上げての大騒動に発展したらしい。
そのせいで内定者の決定すらも遅れたのだと。
現場サイドはウラベ推し。
新たな方向性を画策する今だからこそ、ニュータイプを入れよう。
だが経営サイドは猛反対。
「では君たちは、彼女を採用することで自分の首が飛んでもいいんだね?」
この脅し文句を言ったのは、私と面識のない副社長。
なぜ私を知らないおまえにそんなことを言われなければならないんだーー
沸々と怒りがこみ上げた。
「僕は最後までウラベさんを推したんだけど、本当に申し訳ない、力及ばずで」
別の男性が頭を下げる。
彼は、二次面接の担当面接官だ。
私は必死に笑顔をつくり、彼らにお礼を言う。
笑っていなければ、涙がこぼれそうだった。
こんな私のために、彼らの人生を棒に振ることなどできない。
そして会ったことも話したこともない私を、そこまでこき下ろす副社長という人物が、憎かった。
ーー私の人生は、そんな一人の老害のせいで進路を断たれたのか?
背後ではG1のファンファーレが流れる。
競走馬による天下分け目の大合戦が始まろうとしていた。
*
これがリアルな就職活動の裏側だ。
内定がもらえなかった私は、だれよりも深い爪痕を残した。
関ヶ原の合戦ならぬ、ウラベの合戦を繰り広げてやったのだ。
後悔はない。
私も、現場の面接官も、全力で戦った結果だ。
本当に、感謝しかない。
Illustrated by 希鳳
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