社労士、というか、法律の仕事が人生のバラストとなっている。

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――朝から電話が鳴りやまない。

イマドキ電話?と思うだろう。

しかし、行政相手の仕事は、いまだに「電話」が最先端なのだ。

 

そして今日は、顧問先からも電話が多い。

 

私は、電話連絡が嫌いだ。

なぜなら、電話は、私の時間を奪うからだ。

 

チャットやメールならば、2つ同時に処理することもできるし、自分で時間をコントロールすることが可能。

しかし、電話はそれを許さない。

 

だが、ときには電話のほうが便利で早いことがある。

それは、「臨場感」が必要な場合だ。

 

 

「先生、従業員が自殺しました」

 

こんな内容は、文字ではなく、声で聞きたい。

すぐさま情報収集し、的確な指示を出したいからだ。

 

また、声から伝わる臨場感も重要で、もし狼狽しているならば落ち着かせ、憔悴しきっているならば励まし、それは「声」からでなければ入手できない情報なのだ。

 

あとは、

 

「先生、警察と裁判所から連絡がありました」

 

これも、できれば電話で聞きたい。

警察だから刑事事件に発展する可能性もあるし、それが労働者のことであれば、不就労期間の対応について、検討せねばならない。

 

裁判所からは、大半が民事訴訟に由来する内容なのだが、裁判所というより、相手方の弁護士からのことも多い。

 

さらに、文字では長くなりそうな内容も、電話のほうがリードできる。

 

「先生、帰宅したら妻と子供が荷物まとめて消えていました」

 

こんなパターン。

これは、泣きも入るため、電話越しのほうが対応しやすい。

 

ここで、

「長くなりそうなので、メールでください」

などと非情なことを言えるほど、冷酷な人間でもない。

 

しかしこれは、下手すると2時間コースのため、この発言を聞いた時点で、瞬時にタスク修正をする。

 

――そして今日、このすべてが起きたのだ。

 

 

関与先で自殺が起きたのは、3件目。

病死や事故死はあったが、自殺が3年に1回のペースで発生するとは。

 

ただ、全てのケースにおいて、事業主は一定以上の努力をしている。そして、自殺した労働者も、それを分かっている。

 

 

――某警察署から架電。

 

「Aさんの遺体が発見されました」

 

2日前から消息不明となっていたAさん。

会社から警察へ捜索願を出していたため、この連絡がきた。

 

現場には、Aさんの所持品は何もなかった。

携帯も、財布も、何もかもが自宅に置いてあった。

遺書はない。

 

 

――思い起こすと、Aさんは突如、身一つで東京へやってきた。

字のごとく、本当に、何も持たずにやってきた。

 

そして、顧問先へ突然訪れ、

「働かせてください」

と言った。

 

通常、このような飛び込み求職はお断りだが、社長は感じるところがあったようで、例外的に受け入れることにした。

 

私は、雇用契約書の内容を、かなり警戒しながら作成した。

(一応、雇用期間は2か月の有期契約としよう)

(賃金についても、時間給で様子をみよう)

(どの程度仕事ができるのか以前に、そもそも、人物像すら不明なわけで、いつでも会社を守れる内容にしておこう)

 

――そんなことを考えながら、ガチガチの契約書を作り上げた。

 

 

Aさんは、ほとんど会話をしない。

よって、これまでの経緯や事情も、不明のまま。

 

そして、携帯電話もお金も何もないので、すべて社長が買い与えた。

住むところもないので、会社近くのアパートを会社で借りて、住まわせた。

 

――あっという間に、契約期限の2か月が過ぎた。

 

社長は、

「ちょっと変わった子ですけど、真面目に仕事をしてくれるので、契約更新しようと思います」

と言う。

 

そこで今度は「期間の定めなし」の雇用契約書を作成した。

給与も、時給から月給にした。

同時に、社会保険も加入させた。

 

社内では、Aさんから誰かに話しかけることはほぼない。

ただ、女性が多い職場のため、おしゃべり好きなお姉さまたちが、若いAさんに話しかけた。

 

――Aさんは、やや恥ずかしそうに、小さく短く返事をしていた。

 

仕事が終わると、お姉さまたちがAさんを夕ご飯に連れて行った。

ときには、お弁当を作ってきてくれる人もいた。

 

Aさんには、人を引き寄せる不思議な魅力があったのだろう。

 

 

そんなある日、Aさんが出社しなかった。

心配した社長は、携帯に電話をするが、出ない。

アパートまで行ってみると、カギは開いていた。

 

家の中は、今もなお、普通に生活をしている人の部屋だった。

携帯も、財布も、靴も洋服も、すべて置いてあった。

 

すぐさま警察へ連絡をし、捜索が始まった。

 

 

――そして2日後。

東京からかなり離れた場所で、Aさんは飛び降り自殺を図った。

 

 

 

Aさんの死後、母親から会社へ連絡があった。

「遺品は処分してください」

ただ、それだけだった。

 

「待ってください」

社長はたまらず、声を荒げた。

 

そして、Aさんの生い立ちについて、母親からいろいろと聞いた。

 

Aさんの母親は離婚を繰り返しており、長男だったAさんは、新しい父親に好かれなかった。

また、Aさんには軽度の知的障害があり、学校でも友達ができなかったそう。

そして、父親が変わるたびにDVに遭い、Aさんは中学校の途中で家出をした。

 

それっきり、母親はAさんとは会っていないとのこと。

 

 

――こんな、地獄の幼少時代を過ごしたにもかかわらず、

Aさんが最期に選んだ場所は、自宅からわずか2キロの場所だった。

 

 

電話の最後に、母親はこう言った。

 

「葬式も、出すつもりはないんで」

 

 

 

私は思った。

Aさんが東京へ来た時、じつはもう、命の灯は消えかかっていたのではないか。

それをたまたま、顧問先の社長が無理やり、つなげたのではないか。

 

今までの人生で、人から優しくされたことなどなかったAさんは、この会社に入り、仲間や先輩から「愛されること」を知った。

 

はにかむ笑顔の奥に、人の優しさや愛情を覚えたと思う。

 

きっと、居心地が悪かっただろう。

むずがゆい、とでもいうか。

居心地が良すぎて、逆に、居心地が悪かったのではなかろうか。

 

愛されないことがデフォルトの人生だったAさん。

もっと早く、人から愛されることを覚えていたら、死を選ぶことはなかったかもしれない。

 

それでも、

最後に愛を覚えて、きっと、幸せだったと言ってくれるのではないか、と思う。

 

たった3か月ほどだったが、Aさんの人生は確実に変わった。

そして、3か月前に消えていたかもしれない命の灯が、僅かだが、長く灯り続けた。

 

Aさんは最期「幸せだった」と、私は、信じている。

 

 

社労士の仕事をしていると、毎日が事件の連続だ。

とくに私は、一般的な社労士とは質が異なるため、より事件性の高い環境で生きているように思う。

 

ときには感情が持っていかれることもある。

 

そんな時、法律がバランスを保ってくれる。

 

法律に関わる仕事をしていると、自分自身がリセットされる。

感情の赴くまま、無秩序に転がる時間が、自動的に補正される感覚。

 

不変・不動のものは、ややもすると足枷となる。

しかし、己を律するには必要なものだと、私は感じている。

 

この、法律というバラストを活かしながら、今日もまた、仕事に励もう。

 

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2件のコメント

結構なケース経験してますね…
私はこの手のケースを一度も経験したことがないです。
自殺ってやっぱり衝撃ですね。
こういうケースがあったらりかさんに相談してしまうかもしれないです!

一般的に誰もやったことない手続きとか相談専門の社労士なんで、いつもでお待ちしとります。

その代わり、一般的な、初歩的な質問をさせていただきますよ笑。

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