中華大作戦

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オトナというものは、空気が読めることが大前提。

さらに、場の雰囲気を乱さない行動をとれるのが、社会性のある立派なオトナというもの。

 

わたしは今日、友人らが「立派なオトナである」と証明された瞬間に、立ち会ったのであった。

 

 

ここは横浜中華街。腹ペコの我々は、建ち並ぶ無数の中華料理店の中から、食べ放題の店を選ぶことにした。

とそこへ、眩いネオンを纏う「食べログ4.7」の店が現れた。四千円であらゆる中華料理が食べ放題とあらば、これは挑戦しない手はないだろう。

 

こうして我々6名は、ぞろぞろと入店した。

 

円卓の個室に通されると、さっそくメニューに目を通す。過去にこの店を利用したことのある友人が、

「小さめの皿で出てくるから、いくつか頼んだほうがいい」

とアドバイスをくれた。

 

大勢で行く中華料理のいいところは、いくつもの料理を頼んでは、小皿に取り分けて色々な味を楽しめることにある。

そのため、中華料理における円卓とは、シェアを促すという意味で非常に画期的かつ利便性の高いアイディアといえる。

 

この店はタブレットを使って注文をする方式のため、わたしがその役目を買って出た。

 

そもそも時間制限なしの食べ放題。かつ、店員からは「残してはいけません」と念を押されているわけで、一皿の量は当然、多くないはずである。

過去に利用経験のある友人の助言からも、一品が小皿で提供されるようなので、6名いるのだから何皿か一気に頼んだところで、むしろ少ないくらいだろう。

――ならば適当に、3皿ずつ頼むのが妥当か。

 

そう考えたわたしは、回鍋肉や小籠包、焼きそば、餃子、炒飯などなど、定番の中華料理を3皿ずつ注文していった。

個人的にはデザートを先に食べるタイプなので、アイスクリームやココナッツ団子も3皿ずつねじ込んでやった。

 

そして数分後、大量の食べ物が運ばれてきた。

 

円卓に並べきれないほどの料理に、一同唖然となる。なぜなら、蒸点心や麺飯に色々な種類があったので、片っ端から「3皿」を連打して注文したからだ。

 

フカヒレ蒸し餃子、翡翠蒸し小籠包、エビ蒸し餃子、エビチョンファン、小籠包、肉ちまき、広東風カステラ、ハナマキ・・・。堆く積み上げられたセイロは、ある意味圧巻。

さらに、北京ダック、青椒肉絲、回鍋肉、エビマヨ、唐揚げ、鶏肉とカシューナッツ炒め、エビとセロリ炒め、五目風両面焼きそば、広東風焼きそば、タンタン麺、五目炒飯、黒炒飯、ココナッツ団子などなど、当然ながら並べきれないほどの皿が次々と手渡されるわけで、置き場に困る。

 

「誰だよ、このココナッツ団子を大量に頼んだのは!」

 

そんなもの、わたし以外にあり得ないだろう。アイスとココナッツ団子と広東風カステラとハナマキに関しては、責任をもってわたしが処理すると固く誓った。

 

だがここでトラブル発生。なんと、ココナッツ団子にかじりついたところ、中身があんこだったのだ!

12個の黄色い団子を目の前にして、わたしは血の気が引いた。

 

(とりあえず今かじりついた一玉に関しては、中身のあんこをスプーンでくり抜いて、外側の皮のみを食べよう。あとはさり気なく隠しておいて、適当な頃合いを見計らって円卓に載せよう)

 

もはや必死である。この団子をわたしが食べないとなれば、この場で暴動が起きるかもしれない。

大事件に発展する可能性を危惧したわたしは、真剣にココナッツ団子を隠した。

 

そして気づくと、個室内が静寂に包まれている。

大量の中華料理を目の前にして、本来ならば歓喜するべき場面のはず。だが常識あるオトナ6名は、果たしてこれだけの量の料理を食べきれるのか、不安と恐怖に慄いていたのだ。

 

本来ならば、注文主であるわたしに文句の一つも言いたいところだろう。だが今それをしたところで、どうにもならない。

とにかく現状を打破するためにも、いち早く料理を胃袋に送り込まなければならず、我々はその覚悟を確かめているのだった。

 

各々が脳内で電卓を叩く。何をどのくらい食べれば効率よく料理を減らせるのか。誰が何を食べるのがベストか。

そして思い思いの皿へと箸を伸ばす。

 

あまりの緊迫感に、育ちの良い友人が場を和ませるべく言葉を発した。

「それにしても、一気に運ばれてきたからびっくりだよねー」

とくに誰も返事をしない。

「(大量の料理に対して)注文するときの意気込みは、こうだったから仕方ないよねー」

適当に3皿ずつ注文したわたしを庇うかのように、まるで独り言のように呟くも、黙々と食べ続ける圧力に押されて発言は途絶えてしまった。

 

そんななか、わたしはチラチラと全員の顔を観察していた。

5人の友人らは各々の計算に基づき、円卓上のセイロや大皿から少しずつ料理を取り分けている。

時には「これ美味しい!」などと、明るい言葉を投げかけつつ、全員で協力し合いながら食べ物を消費していった。まるで冬の登山に挑戦しているパーティであるかのように。

 

全員、表情は真剣そのもの。こんなヒリヒリする顔も雰囲気も空気感も、今まで見たことがない。

 

それほどまでに、この最悪な状況を打破するべく、全員が前だけを見て進み続けているのであった。

誰が何を言ったわけでもない。各々が自ら率先して行動した結果、言葉にせずとも全員が同じ方向を目指していたのだ。

 

(これこそが、社会性のある自立したオトナというやつか・・・)

 

わたしはひそかに感動した。彼ら彼女らのこんな真剣な表情を見る機会など、学校のテストか入試くらいしかないだろうから。

 

 

今後、食べ放題の中華料理を注文する際は、もう少し気の利く誰かにタブレットを渡すことにしよう。

 

サムネイル:香港大飯店(ホットペッパー)

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