海外の土産物は、たまに意味不明なものがある。あちらさんも、特に意味のあるものを作ったつもりはないのかもしれないが、とりあえず「置き物として飾る」くらいの用途しか思いつかない物体がゴロゴロしているわけで——。
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ピアノの師匠宅を訪れた時のこと。玄関先に奇妙な木彫りの人形・・というか、鬼の形相をした悪魔か神のような木彫像が置かれてあった。
イメージとしては、ハワイやタヒチの民芸品として有名な「ティキ像(Tiki)」に似た、厳つい顔立ちに大きな口から鋭い牙がのぞく造形で、ポリネシアあたりの土産かな?と思えなくもない。
だが、どうも陽気な雰囲気だけではない異様さが、ポリネシアの感じとは違う気がするのだ。どちらかというとアフリカ地方の魔除けのような——。
頭からつま先までしっかりとフォルムのあるその木彫像は、髪の毛と腰蓑(こしみの)が麻のような植物繊維でできており、躍動感あふれるポーズがより一層不気味なオーラを放っている。
そういえば、コンゴ川流域の民族であるBeembe族が伝統的に制作している、「Muzidi」という木彫り人形の話を聞いたことがある。これは、先祖霊の依代(よりしろ)として、また、故人の霊を宿すための霊器として扱われるそうで、実物を見たことはないが、宗教的かつ魔除け的な様相をしているのならば、師匠の家にあるこいつにもそういった機能があるのかもしれない。
そんな霊的な木彫像は、自身の”影”を象った縦長の受け皿が付いている・・要するに「香立て」として商品化されていたわけだ。
言うまでもないが、そんなことは師匠だって最初っから理解している。しかしながら、スティックタイプのインセンス(お香)の香立てであるにもかかわらず、スティックを刺す「穴」がないではないか——。
そんなはずはない・・と、木彫像の腰から垂れるお召し物を指先で払いながら、彼の足元を隈なくチェックするも穴は見当たらない。とはいえ、これはどう見てもスティックタイプの香立てであり、でなければこの長細い木皿は何のために付いているのか。
それからしばらく、鬼か神か分からぬ邪悪な面構えの木彫像周辺を細かく探ったが、どこをどう頑張っても香立ての穴を見つけることはできなかった。
(まぁ海外の民芸品だし、穴を作り忘れたのかもしれないな・・)
そう思って諦めかけたころ、必死に穴を探すわたしをなだめるかのように、師匠がこう呟いた。
「本来は香立てなんでしょうけど、それよりも私はこの顔の迫力に惹かれて買ったのよ。なんとも言えないこの顔立ち・・」
そう言われて、わたしは初めて彼の顔を正面から拝むこととなった。先ほどまでは、彼の下半身や足元を中心に横からジロジロ見ていたので、改めてご尊顔を拝見するとなるほど凄まじい形相である。
目じりは鋭く吊り上がり、口は大きく裂けて牙がむき出しになっている。それにしてもどこか間抜けな感じがするのはなぜだろう——あっ!!!
なんと、鬼神の如く壮絶な覇気を誇る霊的木彫像たる彼は、間抜けにも口をまん丸く開けていたのだ・・そう、そのまん丸い穴こそが、香を刺す穴だったのだ。
「せ、先生・・この間抜けに開いた丸い口に、香が刺さりますよ!!」
この言葉を聞いた師匠は、まさに驚きと喜びの混じった悲鳴を上げた。
かれこれ三~四十年は経つであろう、この土産物との長い付き合いにおいて、半ば諦めかけていた「香立て」としての役割を、ここへきて初めて与えることができるのだから。
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鬼気迫る表情の彼ではあるが、数十年の時を経て本来の任務を遂行できそうとあって、丸く開いた口がなんとも嬉しそうに見えるのであった。
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