Aメロ、Bメロ、サビ

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いつだったか、エイベックス株式会社の代表取締役会長・松浦勝人氏が、対談でこう漏らしていた。

「やっぱり、AメロBメロサビっていいじゃないですか」

1990年代、日本の音楽業界を席巻した小室哲哉氏と、エイベックスとの蜜月を作り上げた松浦氏。彼自身もバンドマンであったことから、音楽への理解や思い入れも深い。時にはぶつかることもあったようだが、あの頃のポピュラーミュージックといえば、紛れもなく小室ファミリーでありエイベックスであった。

 

そんな松浦氏、酸いも甘いもすべてを吸い尽くした末にたどり着いた想いこそが、先述のセリフだ。日本人ならばやはり、Aメロに始まりBメロをはさんでサビ、という流れがしっくりくる――。この言葉にはグッとくるものがある。

 

学生時代、限られた自由にもかかわらず、全力で青春を謳歌したあの頃。思い出すのは当時流れていた音楽だった。今とは違い、テレビが主な情報収集メディアのため、「月9(げつく)」や「昼ドラ」という略語のような造語が当たり前に通用する時代だった。今、我が家にテレビがないことが信じられないほど、登校前はポンキッキーズで時間調節し、帰宅後はドラマやアニメ、音楽番組にかじりついていた。

ちょうどカラオケが流行りはじめたこともあり、ドラマやアニメの主題歌をコッソリ練習しては、カラオケで披露するのも楽しみの一つだった。さらに、今はなきCDアルバムを購入しては、エンドレスにリピートしてアーティストの世界に没頭していたのも懐かしい思い出である。

 

バイト先が飲食店やコンビニだと、店内で流れるUSEN(有線)で最新ヒットチャートを永遠に聞かされることとなり、嫌でも流行りの曲を口ずさむようになる。そして同じ曲が何周か回ると、

「そろそろバイトが終わる時間だ」

と、もはや時計など見なくても時間が把握できるようになっていた。

 

そんな学生時代、ヒットチャートはおなじみのアーティストが名を連ねていた。安室奈美恵、浜崎あゆみ、globe、B’z、ミスターチルドレン、L’Arc〜en〜Ciel、Every Little Thing、GLAY、ゆず、スピッツ、ZARD、SMAP、モーニング娘。、ウルフルズ、そして宇多田ヒカル。

小室哲哉氏が自身の音楽史を振り返り、最も衝撃を受けた出来事は「宇多田ヒカルの登場だった」と発言している。

「ヒカルちゃんが僕を終わらせた」

この言葉は重みがある。小室哲哉プロデュースならばリリース前からミリオンヒット確定という、ある意味日本のエンターテイメントを手のひらで転がしていた彼が、15歳の少女から引導を渡されたのだから。

神の存在が音を立てて崩れ落ちた瞬間こそが、宇多田ヒカルが運んできた生粋のR&Bと英語ネイティブという、今までにない斬新かつ本物の台頭だったのだ。

 

こうして音楽業界は新たな幕開けを迎えた。そして時期を同じくして、一つのロックバンドが惜しまれつつも解散することとなった。そう、JUDY AND MARY(ジュディ・アンド・マリー)だ。ボーカルであるYUKIの、ハツラツとした独特の声が印象的なバンドで、彼女のキュートなルックスも人気を集める要因であった。

当然ながら、ジュディマリもヒット曲を連発したアーティスト。人気どころでは「そばかす」「Over Drive」「ラッキープール」「くじら12号」などなど。曲名が分からなくてもメロディーが流れれば、

「あ、知ってる!」

と、誰もが口ずさめる歌を世に送り出してくれた。

 

そんなジュディマリの代表曲に「散歩道」がある。ドラマの主題歌にも使われたこの曲が、いま、どこからともなく聞こえてくるではないか。思わず作業の手を止めで鼻歌でメロディーをなぞる。

「散歩道」が流行った当時の、淡く幸せな時間がよみがえる。二度と戻ることのない、恥ずかしいほどに初々しいあの頃が、まぶたの裏にうっすらと浮かんでは消えていく。今が幸せかどうかは、今はわからない。それはあの頃も同じだった。当時は辛いことも悲しいこともたくさんあった。それでも時代が変わった今、すべてをひっくるめて「楽しかった」「幸せだった」と思えるわけで。

 

AメロからBメロに入り、サビに向けて盛り上がっていく。

(あぁ、本当に懐かしいじゃないか!)

すべてを許せるような、そんな温かい気持ちに包まれていく。いまでは強欲で偏屈な大人に成り下がった私だが、ジュディマリを聞くと心が若返るような、浄化されるような感覚に陥る。そしていよいよあのサビを迎える――。

 

シーン

 

その後、突如暗い洋楽が流れ始めた。いったい何が起きたのだ?!

スピーカーの方へ振り向くと、その店のオーナーが何食わぬ顔でiPodを操作している。ご馳走をおあずけにされた犬のごとく血走った目の私に気付いても、涼しい顔で立っているオーナー。さらに周囲を見回すと、オーナーの奥さんと思しき人物と目が合った。彼女は苦笑いをしている。

 

(なぜだ?なぜ最大の盛り上がりとなるサビの瞬間に、曲を変えたんだ?)

 

普通、客が鼻歌まじりでノリノリになっていたら、どんな理由があるにせよその曲を流し続けるだろう。もしくはサビが終わるまでは我慢するものだろう。それをなぜかあのオーナーは、最高地点に到達したジェットコースターを緊急停止させたのだ。

――なぜ気持ちよく落としてくれないのだ?私がキサマになにか悪いことでもしたというのか??

怒りで鼻息が荒くなる私を尻目に、オーナーはシレッと筋トレを始めた。そう、自身の筋トレのために曲のテイストを変えたのだ。

 

(あいつは絶対に、モテない)

 

サムネイル by 希鳳

 

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