(これはある意味、緊急事態の発生を伝えているのかもしれない・・)
目黒駅に併設されている三菱UFJ銀行で記帳をしていた私は、慎ましやかな口座残高にため息を漏らしつつ、滅多に触れることのない現金へと手を伸ばした。
"現金不所持主義者"のわたしが紙幣に触れるのは、もしかするとこの瞬間だけかもしれない・・と思いながら、取り出し口へ手を突っ込もうとしたところ、隣のATMからピンコーンピンコーンと耳障りなチャイムが聞こえてきた——そう、カネを取り忘れていませんか?の警告音だ。
金融機関ごとに異なるこの警告音、たとえばみずほ銀行は「ピピピッピピピッと」甲高いブザー音が断続的に鳴り響くのだが、あの音にはイラっとさせられる。どう考えても、一般的な動作速度で現金を取り出したりキャッシュカードや通帳を引き抜いたりしているのに、この三つを同時に行わなければ間に合わないほどの速さで警告音が発せられるからだ。
だからこそわたしは、「いったい、どんな超人を基準に設定してるんだよ!」と、毎度怒りのクレームを入れたくなるわけで。
そして三菱UFJ銀行も、ブザーではなくチャイムという違いはあれど、明らかに速すぎるタイミングで警告音を鳴らし始めるからイライラが止まらない。とくに、現金取り出し口から紙幣を掴んで、財布なり封筒なりにしまう時間を考慮したら、明らかに短すぎる待機時間しか確保できないため、どうやったってあのうるさい音を鳴らしてしまうのだ。
もちろん、大急ぎでポケットに突っ込んで逃げるように立ち去れば、警告音を発せられることなく任務を遂行できるだろう。だが、少なくともATMから現金を取り出した直後であり、安全な場所へしまってからその場を離れるのがベスト。むしろ、現金をチラつかせながらフラフラするほうが、防犯対策上よくないことくらい誰でもわかるはず。
にもかかわらず、あれほどまでに顧客を焦らせ苛立たせる警告音を、明らかに速すぎるタイミングかつ爆音で、これみよがしに発する銀行側の意図が分からない。ちなみに、警告音の大きさはおよそ70から80デシベルとのことだが、これは掃除機や目覚まし時計の音量と同じであり明らかに不快。
無論、お年寄りや耳が聞こえにくい人のために、あえて大きな音量で設定していることは理解できる。だが、お年寄りならば動作もゆっくりなため、あのうるさい音を鳴らし続けながら、紙幣を財布にしまったり通帳やカードを取り出したりしなければならず、それこそ本人にとっても苦痛だろう。
ましてや、警告音を鳴らされる=悪いことをしている・・という感覚になり、「私の動作が遅いせいで、こんなことになっているんだ」と、罪悪感や自責の念に駆られるヒトも少なからず存在する。つまり、金融機関側にとっては「取り忘れ防止のため」という目的で設定している待機時間なり音量なのかもしれないが、その結果、利用者が嫌な思いをしていることも理解するべきなのだ。
——そんなことを思いながら、左の視界にいるおばあちゃんを見守りつつ、「慌てずにちゃんと財布にしまってね」と、内心なだめるわたし。すると次の瞬間、今度は右隣りのATMから警告音が鳴り始めた。こちらも現金を取り出す段階に到達したため、おばあちゃんがゆっくりと手を動かす姿が視野の右端で確認できる・・と思った矢先、右端のATMから警告音が・・と同時に、その隣のATMからも——。
もはや、わたし以外のATMが全て鳴りだす状況となったこの空間は、ある意味"危険地帯"となった。なんせ、「ここにいる全員が、今まさに現金を扱っている」ということが、遠くにいる者にまで伝わるだけでなく、それが全員高齢者ゆえに動作はスローモーションかつ体力や筋力にも自信はないのだから、現金を奪おうと思ったら今がチャンスなのだ。
しかも、わたしの一台を除くすべてのATMが鳴っているということは、それだけ多くのチャンスが転がっている・・ということになり、どう考えても危険なシチュエーションが無防備に展開されているわけで——。
(やばいな・・ここはわたしが守らねば)
よくわからない正義感に駆られたわたしは、ピンコーンピンコーンと重なるように鳴り響く警告音をBGMに、お年寄りたちが現金を財布へしまうところまでしっかりと見届けた。
中には、現金を取り出した後に慌ててカードや通帳を引き抜こうとして、ATMの画面上にばらまいてしまうおばあちゃんも——。大丈夫、わたしがちゃんと見守っているから、焦らずに一つずつ片付けていこう。
*
あれだけ大量の警告音が一斉に鳴りだす・・という経験は今回が初めてだったが、利用者への注意喚起どころか、あたり一面が緊急事態であるかのようなピリついた空気に包まれたのには驚いた。
そして、耳障りな警告音への苛立ちよりも、ある種の責任感を覚えたわたしは、「多少なりとも筋肉質なカラダでよかった」と、これまた初めて己のフィジカルに感謝するのであった。
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