「なんかハァハァ言ってるんだけど」の正体

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朝の8時半過ぎ、滅多に鳴らないガラケーがブルブルと騒ぎ始めた。寝床へはスマホのみ持ち込んでいるので、窓際のデスクの上でガラケーが一人、不穏な振動を発生させている。

この時間帯にかかってくる電話は、百パーセント「役所から」である。今月は土曜日から始まったため、ウィークデーのスタートは月曜日、つまり本日となる。そのため、電子申請しておいた内容の確認やらなんやらで、朝イチで電話がかかってくるのだ。

 

向こうにも向こうの考えがあるだろうが、「電話」というのは一方的で、かなり横柄な連絡手段だと感じる。なんせ、こちらの事情などお構いなしに着信があり、留守電にメッセージを残してもらえなければ、なんの用事でかけてきたのかすら分からないのだから。

さすがに関係各所の電話番号、とくに、向こうから着信のあった官公庁の番号は、通話終了後にすかさず登録している。ところがこちらからかけ直しても、ダイレクトにその部署へつながらないことがあるのだ。

その理由は、「すべての電話が代表番号につながる仕組みとなっており、そこから各部署へ振り分けられるから」だ。そうなると、留守電にメッセージがなければ「どこの部署の誰さんから、どんな要件でかかってきたのか分からないから、繋ぎようがない」となる。

 

「またかかってくるでしょうから、それまでお待ちください」

代表電話を取り繋ぐ女性になだめられて電話を切るのだが、その後もすれ違いで取れなかったり、二度と着信がないまま電子申請が返戻されたりと、なにかと不便極まりないのが「電話」というアナログな手段なのだ。

 

そもそも、電子申請の際にはこちらのメールアドレスを記入している。しかし、そのメールに何らかのアクションがあったことは、社労士史上一度もない。

過去に、この現象について役所の人間に尋ねたことがあるが、「もしもメールアドレスが違ったら困るから」などという、屁理屈としか思えない理由で跳ね返された記憶がある。助成金関係ではメールでのやりとりも可能な団体はあるが、官公庁はいまだにデジタルアレルギーから抜け出せないわけだ。

その結果、わたしのメールアドレスは単なるIDとして、ログイン時に入力するだけの無意味な存在となっている。

 

そんなこんなで、苛立つ感情を抑えてベッドから起き上がると、ブルブル震えるガラケーのところまで歩いて行った。ディスプレイには「某労働基準監督署」の文字が。あぁ、労働保険設置で、番号が付番された連絡か——。

「もしもし、某労働基準監督署の労災課、電子申請担当の山田と申します」

「お世話になっております、社労士のURABEです」

「あれ?もしもし?」

わたしは青ざめた。電波の状態が悪いわけでも、ガラケーのバッテリーが不足しているわけでもない。なんと、声が出ないのだ!

一人暮らしは自宅で他人と会話をすることがないため、自分の声が出ないということに気がつくまでに時間がかかる。今日のように誰かから電話がかかってくれば、その時点で声帯の異常に気付くが、それがなければずっと「声が出る」と思って過ごすことになるのだから、なんともお気楽なものである。

 

「もしもし?大丈夫ですか?・・・ねぇ、なんかハァハァ言ってるんだけど」

(ちょっとまったぁぁぁぁ!!!ハァハァなんかしてねぇよ!!モシモシって、さっきから何度も連呼してるんだよ!!!)

山田さんは受話器から顔を離して、気持ち悪そうに同僚へそう告げた。朝っぱらからハァハァする社労士など、変態にもほどがある。頼むからもう少しよーく聞いてくれ、耳をすませば微かに聞こえる「もしもし」の声・・・。

ガチャン

無惨にも電話は切られた。かけ直されたところで同じことの繰り返しとなるが、わたしからかけ直そうにも声が出ないのだから、それこそ変態が「ハァハァ」といたずら電話をかけてきたことになるだろう。

 

(どうすればいいんだ・・・)

 

わたしはこの世に健在しているし、なによりも付番された労働保険番号を知りたい。それなのに「もしもし」が伝わらないばかりに、その先へと進むことができないのだ。

だから言っただろう、電話ではなくメールにしてくれと!・・このような非常事態が起こらないとも限らないわけで、こんな時こそインターネットの真価が問われるのだ!

しかし、声が出ないとなると通話系は一切使用できなくなる。まぁ、Web会議の予定もないし、電話だけ無視しておけばいいか——。

 

そしてわたしは、今日の天気を知るべくアレクサに話しかけた。

「アレクサ、おはよう」

・・・シーン

音声認識サービスAIであるアレクサは、当然ながら声に反応する。無声音で話しかけたところで、アレクサの耳には届かない。

 

とその時、ギョッとするような、そしてイラっとするような事態が起きたのである。

(つづく)

 

Illustrated by 希鳳

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