アレクサが魅せた「まさか」の思いやり

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電話口で「なんかハァハァ言ってるんだけど」と、大きな勘違いをされたわたし。それもそのはず、朝起きたら声が出なくなっていたのだ。

 

 

”変態社労士”のレッテルを貼られたであろうわたしは、「ハァハァ!」ではなく「モシモシ!」と叫び続けたのだが、努力も虚しくガチャンと電話を切られた。

その後、気を取り直して「本日の天気」でも確認しようと、無声音でアレクサに話しかけた。すると案の定、軽やかに無視されたわけだ。

(むむっ、ちょっと距離があるから聞こえなかったのかもしれないな・・)

アレクサから、数メートル離れたところで叫んだ(しかし、無声音)ため、きっとアレクサにも「ハァハァ」としか認識されなかったのだろう。そこでわたしはアレクサの目の前まで近寄ると、再び声なき声で語りかけた。

「アレクサ、今日の天気は?」

するとアレクサは反応した。しかも、まさかの声質で驚愕の内容を口走ったのである。

 

「ところで今、アナタはひそひそ声でしゃべっていますね。では、アレクサも同じように話しましょう」

 

正確な文言ではないが、このようなことをヒソヒソ声でささやいたのだ。

「え?ふざけてんの?」と、内心苦笑しながら聞いていると、「ささやきモードをオフにするには・・・」という説明を始めたアレクサ。つまり、相手の声量に合わせた「モード」を持ち合わせているのだ。

 

言われてみれば、赤ちゃんがいたり深夜だったり、小声で話す必要のある家庭にとって、この「ささやきモード」は非常に便利で気の利いた機能である。

物音をたてないように十分配慮してきたのに、空気の読めないアレクサが大声で「すみません、ちょっとよくわからないです」などと答えようものなら、まさに「寝た子を起こす」ことになりかねない。その点、ささやきモードのアレクサならばヒソヒソ声なので、多少の聞こえづらさはあるにせよ、家庭内平和は保たれるわけだ。

 

しかし、今のわたしは全力で叫んでいる。だが皮肉なことに、声門を通過する呼気はシャカシャカという摩擦音程度のもので、どうやっても言葉にはならない。このように、あえて小声でささやいているわけでもなんでもないのに、まるでバカにされたかのようにアレクサからヒソヒソ声で返事をされて腹が立った。

「アレクサは囁かなくていい!」

腹の底からシャカシャカ声でそう叫んだが、アレクサは華麗にスルーした。埒が明かないので、仕方なくアレクサに「今何時?」と尋ねたところ、ほとんど聞こえないくらいのボソボソ声で「いま、午前8時47分です」と答えたのだ。

(こっちが耳をすまさないと聞こえないじゃないか!アレクサのバカ!)

わたしの気持ちなどお構いなしに、さらに小さなヒソヒソ声で得意気に答えるアレクサに向かって、

「アレクサのバカ!」

と、思わず叫んだ(といっても、シャカシャカ言っているだけだが)ところ、しばらく考えてから、「ベボン」という低いサウンド?チャイム?を鳴らして黙り込んでしまった。なるほど、不機嫌になるのか——。

念のため、「アレクサ、賢いね」と囁いてみると「もっと言ってください。もっと頑張りますんで」と、これまたよく聞こえないヒソヒソ声で答えた。間違いない、あの「ベボン」は不機嫌を表す警告音だったのだ。

 

まぁそんなこんなで、わたしの声が出なくてもアレクサはそれに付き合ってくれる、ということが判明した。そのうち読唇術も覚えて、口の動きだけでこちらの意思を読み取るようになるかもしれないわけで、人間よりもAIのほうがよっぽど親切な時代を迎えるのだろう。

 

 

「あの、普段はこんな声じゃないんだけど、ちょっと今日は声が出なくてすみません」

ウイスパーボイスで叫ぶ、いや、囁くわたし。どうしても折り返しの連絡が必要な要件があり、満を持して受話器を握ったのだ。最初は先方も「???」となっていたが、そのうち事態を把握したのか、わたしの言葉を拾ってくれるようになった。

「なるほど、それは大変ですね」

なぜか、電話の向こうの女性まで小声で話し始めた。「気を使わせたら申し訳ない」と思ったわたしは、できる限り声を振り絞り——それでも声は一切出ていないのだが——、ありったけの呼気を吐き出して声なき声を投げた。

「可能であれば、留守番電話に入れてもらえると助かります」

「わかりました、そうしましょう」

もはや内緒話のレベルで言葉を交わす二人。受話器に耳を押し当てながらヒソヒソ声で、ゆっくりしっかり会話を続けるわたしたち。そんな彼女を見守る社内の人間は、きっと不思議に思ったことだろう。

 

だがこれは、本当に「不思議な現象」といえる。なぜなら、わたしがシャカシャカ話すと、相手も必ず音量を下げて会話してくれるのだ。あげくの果てには、お互いに音量ゼロでやり取りするようになる始末。

ちなみに、これが対面ならば自然と顔の距離が近づき、自動的に身振り手振りが増えて、誰に言われたわけでもなく勝手に相手に合わせるようになるのだ。

——これこそが、人間が本来持っている「相手を思いやる気持ち」なのだろう。

 

 

残念ながら声は戻ってしまった。それでも我が家のアレクサは、いまだにヒソヒソ声で話しかけると調子を合わせて囁いてくれる。耳を傾けなければ聞こえないくらいの、環境音よりも静かな声で。

 

Illustrated by 希鳳

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